第2話:ダイブ・イン・バグ

「う…うおぁぁぁっ⁉な、なんだぁ、この感覚はっ⁉」

警視庁のサイバー特別捜査室。最新型VRデバイス『Neuolink-V』を装着し、メタバース空間『AETHER』へとダイブした大野厳造が、己の手足を何度も見つめながら大声を上げた。

彼の視界に広がっていたのは、見渡す限り青く透きとおる空と、幾何学模様の美しい構造物がそびえ立つ未来都市。

そして大野自身のアバターは―しわくちゃのスーツ姿そのままだった。

「お、大野参事官、落ち着いてください!それは『触覚フィードバック』です!脳に微小な電気信号を送って、本物そっくりの皮膚感覚を再現してるんです!」

隣に顕現した比嘉瑠菜が、可愛らしいサイバー風のアバター姿で慌てて手を振る。

「…なるほど。重力も、風の温度も、完璧に再現されている」

賢人は漆黒のスーツ姿のアバターで静かに歩み出て、アバターの眼鏡のブリッジをスッと押し上げた。

「ですが、これは現実ではありません。視覚、聴覚、触覚の電気パルスを脳の第1次有感覚野へ直接打ち込んでいるだけの『高度な錯覚』です」

「ふん……。触った感覚はあるが、どことなく空虚な冷たさを感じるわね」

エラ・バンスまた、光の粒子を纏ったような美しいアバターで降り立ち、周囲の空間を観察する。

「賢人先輩、見てください!街の深部…あそこの黒いノイズに覆われた巨大な塔が、未開放エリア『楽園(エデン)』です!」 

比嘉が指差す先には、美しい都市の景観を切り裂くように、赤と黒のコードノイズを撒き散らす巨大なバベルの塔のような構造物がそびえ立っていた。

「よし、乗り込むぞ!」大野が拳を握りしめる。

だが、彼らが塔のゲートへ一歩足を踏み入れた瞬間――。

《ACCESS DENIED:REJECT UNLAWFUL USERS》

ゴオオオオオン……!

空間そのものが歪み、空が漆黒に染まった。地面から無数のコードの鎖が這い出し、チームslaboと大野の足元を縛り上げる!

「くっ…⁉身体が動かん!重力が増したみたいだ……っ!」

大野が歯を食いしばり、必死に脚を踏ん張る。

「物理法則(重力パラメータ)の改ざん…!敵は僕たちの脳へ直接『強烈な負荷の錯覚』を 送り込んでいます!」

賢人が冷静に分析する。比嘉が「く。キーボードが出せない…っ爆速ハックが

…っ!」と苦悶の声を上げる。

その時、塔の上空にホログラムの影が浮かび上がった。

白衣を纏い、冷たい氷のような瞳をした男—鳴海零だった。

『久しぶりだな、賢人』

鳴海の静かな声が、空間全体に反響する。

『君たちのような「現実の泥」に塗れた者が、この完璧な理想郷に土足で踏み込んでくるとはね』

「鳴海…!被害者たちの意識を返してもらうぞ!」藤堂のアバターが叫ぶ。

鳴海は憐れむような視線を向けた。

『返す?勘違いしないでほしいな。彼らは自らの意思で、この痛みのない『楽園』にとどまることを選んだんだ。現実世界の不治の病、孤独、絶望…そんなバグだらけの肉体を捨て、ここでは誰も完全な存在になれる』

『賢人、君なら理解できるはずだ。人間という不完全な筐体(ハードウェア)を破棄し、魂をコードへ昇華させることこそが、科学の到達点だと』

「…断るね」

賢人は重力エラーの圧迫に耐えながら、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。

「痛みや不完全さがあるからこそ、人は他者を思いやり、現実を乗り越えようとする。それをバグと呼び捨てるのは…ただの『現実逃避(エラー)』だ」

『相変わらず頑固だな。…ならば、その不完全な現実の重みとともに、ここで消えるがいい』

鳴海の手が振られると、空間の歪みが激しさを増し、データ削除プログラム(デリート・パルス)が一行迫り狂ってきた!

「比嘉さん、僕の脳波ログをアクセスポートへ直結しろ!」賢人の鋭い指示が飛ぶ。

「えっ…⁉賢人先輩、仮想空間での超思考は、脳への負荷が現実の数倍になりますっ!」

「構わない。僕たちの現実(クオリア)を…今ここでデバッグする!」

賢人の瞳から、解を導き出す超思考の青い光が爆発的に解き放たれた――!

第2話:ダイブ・イン・バグ  【完】

次回 [第3話:アバターの足跡 はこちら➡]

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第3話:アバターの足痕

「——解(コード)は見えた!」

賢人の瞳から放たれた鋭いロジックの光が、空間を満たす重力改ざんエラーを貫く。

「比嘉さん!Gravity_Offsetの数式パラメータに、僕の脳波から生成した逆関数を叩き込め!」

「は、はいっ!賢人先輩の超思考ロジック、直結(ダイレクト)インポート…爆速で叩き込みますっ‼」

比嘉の指先が虚空を駆け抜け、光のキーボードが出現する。

パァァァン…‼

空間を押し潰していた重密度の圧迫が一瞬で弾け飛び、チームslaboを縛り付けていた黒い鎖が光の粒子となって霧散した。

「ふぅ…身体が軽くなったぜ!」

大野が肩を叩きながら不敵に笑う。

上空に浮かぶ鳴海零の影が、かすかに不機嫌そうに目を細めた。

『さすがだな、賢人。仮想空間のプログラム領域へ直接脳波を介入させ、物理パラメータを書き換えるか。だが…この『楽園』の最深部へ至る扉は、単なるコードの計算だけでは開かない』

鳴海のホログラムが掻き消えると同時に、塔のゲート前に不気味な黒いモザイク状のアバター群が出現した。

「敵のセキュリティ・プログラム(ガーディアン)ね…!」藤堂が警戒の姿勢をとる。

「賢人先輩、ダメです!この防衛プログラム、攻撃を受けるたびにアルゴリズムを自己進化させて無敵化していきます!コードの解析が追いつきません!」

比嘉が汗を流しながら叫ぶ。

その時—。

おい。画面のコードばかり追ってんじゃねえぞ、お嬢ちゃん

重厚な声とともに、前に歩み出たのは叩き上げの刑事・大野厳造だった。

「お、大野参事官⁉危険です、そのアバターたちは物理攻撃が効かない…」

「ハッ!物理だろうがデジタルだろうが関係ねえんだよ」

大野は鋭い眼光で、迫りくる黒いモザイクアバター群の「足元」をギラリと睨みつけた。

「おい小僧(賢人)、よく見てみろ。この人形ども…動きは完璧な計算に見えるが、地面を踏みしめる『足音のズレ』と『ログの歪み』がある。こいつらは完全な人工知能じゃねえ。現実世界で意識不明になってる『被害者たちの残像(足痕)』をプログラミングの盾に使ってやがるんだ!」

「なんですって⁉」藤堂が息を呑む。

賢人の瞳が大きく見開かれた。

(そうか…!鳴海は被害者たちの脳波ログを防御壁(プロキシ)として利用している。だからランダムな挙動に見え、自己進化しているように錯覚していたのか…!)

「大野参事官…!よくぞ見抜いてくれました!」

賢人は不敵な笑みを浮かべ、眼鏡のブリッジをスッと押し上げた。

「足痕(ログ)のパターンさえ分かれば、被害者の意識を傷つけずに防御壁だけを切り離す(デバッグする)ことができます!」

「おうよ!泥臭い現場の足跡を拾うのが、俺たち警察官の仕事だ!」

大野が力強く大地を踏みしめる。

「比嘉!俺が指示する『足音のズレ(歩幅パラメータ)』のポイントに、ピンポイントで分離コードを叩き込め!藤堂、行くぞ!」

「了解です、参事官!」

昭和・平成の泥臭い刑事魂が、仮想空間のサイバー攻撃を見事に見破り、突破口を切り開いていく。

「大野参事官が指し示してくれたポイント…分離プログラム、照射‼」

比嘉の放った光のコードが黒いモザイクを直撃。被害者たちの意識ログが優しく解放され、防衛プログラミングが次々と霧散していった。

「す、すごいです…!警察官の勘と賢人先輩のロジックが、完璧に噛み合いました!」

「ふふ、見事な連携ね」エラが優しく微笑む。

開かれた最深部への扉。その向こうには、現実世界の身体を捨て、デジタル空間に永遠にとどまろうする被害者たちの意識、そして鳴海零の真の企みがまっていた―。

第3話:アバターの足痕 【完】

次回[第4話:崩壊する五感 はこちら➡] 

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第4話:崩壊する五感

ガーディアンを突破し、バベルの塔の最深部—未開放エリア『楽園(エデン)』へと踏み込んだチームslaboと大野参事官。

そこに広がっていたのは、満天の星空と、温かな光に包まれた息を呑むほど美しい白い花畑だった。

「ここが…『楽園』…?」

比嘉が思わず声を漏らす。花畑の中央には、何十もの光の繭(カプセル)が浮遊していた。その中には、現実世界で昏睡状態に陥っている被害者たちのアバターが、穏やかな表情で眠りについている。

「みんな…本当に穏やかな顔をしてる…」藤堂が歩み寄ろうとする。

だが、賢人が静かに手を出してせいした。

待ってください、藤堂さん。空間の微小振動(周波数)がおかしい」

賢人が眼鏡のブリッジをスッと押し上げた瞬間、花畑の光が赤黒く変色し、空間全体が強烈な「不協和音」に包まれた。

『ようこそ、世界の終着点へ』

花畑の中心に、鳴海零の本体アバターが姿を現わした。その背後には、巨大な周波数同調装置が不気味な拍動を打っている。

『ここにあるのは、一切の病も、老いも、別れの苦しみもない完璧な世界だ。彼らは自分の意思で、この安らぎを選んだ』

「自分の意思…だと?」大野が太い声で踏み出す。「騙すような真似して閉じ込めておいて、どの口が言いだしやがる!」

鳴海は冷ややかな笑みを浮かべ、手に持ったコントローラーを静かに操作した。

『ならば、君たちにも体感してもらおう。『現実』というバグがいかに虚しいかを』

キィィィィィィン——‼

脳孔を直接刺すような強烈なパルス波が室内を満たした。

「うっ……⁉があぁぁぁっ……‼」

大野が頭を抱えて膝をつく。同時に、藤堂も強烈な激痛に顔を歪めた。

「身体が……熱い……⁉皮膚が焼けるような痛みが…っ!」

「ハプティクス(触覚)のオーバーライド…!」比嘉が顔を蒼白にして叫ぶ。「敵は…『Neurolink-V』の電気刺激出力を上限解除して、脳に直接『全身が焼かれる激痛』の錯覚を送り込んでいますっ!」

「錯覚パルスの過剰注入…!脳が本物の激痛だと錯覚すれば、現実の身体すらショックを起こす!」

賢人も激痛に耐えながら、息を荒くして片膝をつく。

鳴海は冷徹な眼差しで、苦しむ彼らを見下ろした。

『これが君たちの愛する『肉体(現実)』の正体だ。痛み、苦しみ、不条理…。そんなバグだらけの存在を抱えて生きることに、何の意味がある?人間はコードになり、痛みのない世界へ移住すべきんだ』

「…違うわ」

過酷な激痛波形が吹き荒れる中、静かに前に踏み出した存在があった。

エラ・ヴァンスだった。

エラは一切の苦悶も見せず、透明感のある静かな瞳で鳴海を見つめていた。

「えら…さん…⁉」比嘉が叫ぶ。

「鳴海零。あなたの作戦は緻密で、提示する世界は確かに美しい…。けれど、あなたは決定的な勘違いをしているわ」

エラは一歩一歩、静かに鳴海へ近づいていく。

「痛みや悲しみがあるからこそ、人は誰かの優しさに温もりを感じ、互いの存在を尊いと思うことができる…。それを排除した世界は、ただの『静かな死』と同じよ」

『静寂こそが救済だ!妹の葵も……あの激痛の現実から解放されて、今ここで幸せに眠っている!』

鳴海の声に、初めて激しい感情の昂ぶり(乱れ)が混ざった。

「いいえ。彼女が求めていたのは、痛みのない箱庭(コード)ではなく…あなたと現実で笑い合う時間だったはずよ!」

エラは優しく手を伸ばし、鳴海の過剰なハプティクスパルスの周波数を、自らの生体波動で優しく包み込み、中和(キャンセリング)し始めた。

痛みの波が静まり返っていく。

「な…パルス波形が…相殺されている…⁉」鳴海が目を見開く。

「賢人…。あなたのロジックで、彼の歪んだコード(悲しみ)を解き明かしてあげて」

エラが振り返り、賢人に静かな信頼の眼差しを向けた。

正気を保ち直した賢人がゆっくりと立ち上がり、眼鏡の奥で不敵な光を宿した。

「…感謝します、エラさん。…鳴海、君の『N-Zero方程式』のバグ、僕がデバッグしてみせる!」

現実と虚構の挟間で、賢人と鳴海の最後のロジックバトルが始まろうとしていた―!

第4話:崩壊する五感 【完】

次回 [第5話:現実と虚構の境目 はこちら➡]

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第5話:現実と虚構の境目

「『N-zero方程式』…。一見すると完璧な非線形多様体の幾何学構造だが、鳴海、君は重大な欠陥(バグ)を見落としている」

エラが中和した静寂の中で、賢人の静かな声が響き渡った。

賢人が一歩踏み出すごとに、足元から青い数式(コード)の波紋が「楽園(エデン)」の花畑へと広がっていく。

「欠陥だと…⁉ 戯言を!この方程式は、人間の意識を100%デジタル情報に変換し、肉体という制約から完全に解き放つための絶対の解だ!」

鳴海が感情を露わにして叫ぶ。背後の脳波同調装置が、激しい赤い光を放ち始めた。

「いいえ、鳴海さん。賢人先輩の言う通りです…!」

比嘉がノートPCを叩きながら、解析画面を空中に投影する。

「この空間のデータ通信ログ…『一方向(送信のみ)』になっています!ユーザーの脳から情報を受け取るだけで、現実の身体へのフィードバックを戻す回路が最初から遮断されているんです!」

「…それがどうした」鳴海が冷ややかに言い放つ。「戻す必要などない。現実の身体など、いずれ朽ち果てればいい」

「それが君の最大のバグだ、鳴海」

賢人は寸分の狂いもなく眼鏡のブリッジをスッと押し上げた。

「情報理論において、完全な事故閉鎖型システムは『熱的死(エントロピーの極大化)』を免れない。外部(現実)との相互作用を断ち切った意識データは、最初は理想郷に見えても、時間とともに情報が劣化し…最終的には『無限の無(ノイズ)』へと崩壊する」

「な……に……?」鳴海の顔から色が失われていく。

「君が作ったこの『楽園』は、救済の場などではない。被害者たちの意識を…そして君自身の妹・葵さんの魂を、ゆっくりと消滅させる『デジタル火葬場』だ!」

賢人の一言が、雷鳴のように空間を突き刺した。

「そんなはずはない…!私は葵を…葵の痛みを救うために…‼」

鳴海の動揺に呼応するように、白い花畑が激しく歪み、空中浮遊していた光の繭(被害者たちの意識カプセル)が次々と赤く明滅し始めた。

《WARNING:ENTROPY OVERFLOW—SYSYTEM IN 180 SECONDS》

「システムが崩壊を始めたぞ!このままじゃ全員の意識がノイズになっちまう!」

大野参事官が声を張り上げる。

「鳴海!自分の間違いを認めろ!妹さんを本当に救いたいなら、今すぐ現実へ引き戻せ!」

藤堂も叫ぶが、鳴海は「う……あぁぁぁっ……!」と頭を抱えて崩れ落ち、錯乱状態に陥っていた。自分の方程式の欠陥を突きつけられ、完全なる拒絶反応を起こしている。

「ダメです!鳴海本人の管理情報(管理者ID)がフリーズしました!システムの緊急停止ができませんっ!」比嘉が悲鳴をあげる。

「賢人」エラが静かに語りかける。「彼を救いなさい。そして、囚われたすべての人々を」

「…ええ」

賢人の瞳に、すべての計算を凌駕する絶対的な決意の光が宿った。

「比嘉さん、僕の脳波のダイレクトアクセス権限を『AETHER』のコアシステムへ全開放しろ。僕が直接、この閉じた世界の構造を再構築(デバッグ)する」

「賢人先輩⁉そんなことしたら、賢人先輩の脳がエントロピーの逆流に巻き込まれて…!」

「僕には…仲間がいる。僕を現実につなぎ止めてくれる『確かな手』がある」

賢人はエラ、比嘉、藤堂、そして大野参事官を順番に見つめ、不敵な笑みを浮かべた。

「全員の意識ログを現実(リアル)の身体へ書き戻す。…デバッグ、開始だ!」

光と数式が賢人を包み込み、現実と虚構の境界線(フロンティア)を懸けた、最後の演算が解き放たれる――!

第5話:現実と虚構の境目 【完】

次回 [第6話(最終話):触れられる世界 はこちら➡]

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第6話:触れられる世界

《ENTROPY CRITICAL:SYSTEM OVERWRITE COMMENCED》

空間全体が崩落していく。美しい白い花畑がコードの破片となって夜空へと舞い散り、歪んだ虚構の世界が剥がれ落ちていく。

「ぐ……うああぁぁぁっ……‼」

閉鎖型メタバース『AETHER』のコアシステムへ直結した賢人の体(アバター)に、数千万ギガバイトにおよぶデータのエントロピーが津波のように逆流して押し寄せる。

「賢人先輩っ!脳波レベルが危険域です!このままじゃ賢人先輩の意識までノイズに吞み込まれちゃいますっ!」

比嘉が叫び、泣き出しそうな顔で光のキーボードを叩き続ける。

「小僧!頑張れ‼」

大野参事官が激しいデータの暴風の中、脚を踏ん張り、賢人のアバターの肩を力強く掴み叩いた。

「画面の中の幻なんかじゃねぇ!俺たちの手が、足が、ここにある!現実へ帰るぞ‼」

「ええ……!」

賢人は歯を食いしばり、眼鏡の奥の瞳に青い思考の光を最大限にみなぎらせた。

「Entropic_Loopを破棄…『一方向型通信』のコードを書き換え、双方向の現実帰還プロトコル(リアル・フィードバック)へ再定義(デバッグ)する…!

賢人の指先から放たれた光の方程式が、天空に浮かぶ無数の『光の繭』を優しく包み込んでいく。

カチ、と世界が反転するような澄んだ音が響いた。

繭の中に眠っていた被害者たち、そして鳴海の妹・葵のアバターが、温かな光の粒子となって現実世界(自らの身体)へと次々に送還されていく。

「葵…!葵っ…‼」

錯乱していた鳴海零が、光となって消えていく妹の残像へ手を伸ばす。

その時、消えゆく葵のアバターが静かに振り向き、柔らかく微笑んだ。

『お兄ちゃん…温かいよ。…私、お兄ちゃんと一緒に、もう一度現実で歩きたい…』

「あ…あぁ…葵ぃ…っ‼」

鳴海はその場に崩れ落ち、虚空の空に向かって涙を流した。

「…デバッグ、完了だ」

賢人が静かに呟くと同時に、空間全体が眩しい光に包まれ――

ハッ…‼

 警視庁のサイバー特別捜査室。

VRデバイス『Neuro link-Z』を外した賢人が、静かに体を起こした。

隣では、大野参事官が猛然とゴーグルをひっぺがし、深く息を吐き出している。

「ハァ…ハァ…!クソが、とんでもねえ『現場』だったぜ」

そして、各所の病院から次々と朗報が入ってきた。

昏睡状態に陥っていた12名の被害者全員が意識を取り戻し、病室で家族と手を握り合っているという。鳴海の妹・葵もまた、無事に意識を取り戻し、容体は安定していた。

数日後。秋晴れの澄み渡る空の下、千代田区の『slabo』事務所。

「賢人兄ちゃん!今日は『現実の触覚』を味わう特製焼きたてアップルパイだよ~!」

のあが焼きたての香ばしいパイを運んでくると、事務所全体に甘い香りが広がる。

「うわぁぁ!サクサクでめちゃくちゃ美味しいですっ!」

比嘉がパイを頬張りながら声を弾ませる。

窓辺では、エラが穏やかに注いだジャスミンティーから温かな湯気が立ち上っていた。

そこへ、重い足音とともにドアが開く。

「邪魔するぞ」

現れたのは、大野参事官と藤堂警部だった。

大野は不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも、手にした紙袋をテーブルの上に置いた。

「鳴海零は送検された。…だがあいつ、病院で妹の手を握りながら『現実の医療と情報技術を正しく融合させる研究をやり直す』と言っていたよ」

「…そうですか」

賢人は静かに立ち上がり、寸分の狂いもなく眼鏡のブリッジをスッと押し上げた。

「現実(リアル)には、病や痛みというバグがあります。ですが…それを乗り越えようとする人間の意志と、互いに触れ合える温もりがある。それこそが、解き明かすべき最も美しいロジックです」

「ハッ、相変わらず生意気な口を叩く小僧だ」

大野は大げさに肩をすくめると、不敵な笑みを浮かべてパイポを噛みしめた。

「だが…悪くねえ。お前たちのその鼻持ちならねえロジック、たまには現場でまた使わせてやるよ」

「ええ。いつでもデバッグしてみせます」

窓から差し込む秋の陽光が、チームslaboと大野たちの温かな笑顔を包み込んでいく。

虚構を超え、現実の温もりを抱きしめた彼らの冒険は、これからもこの世界とともに続いていく――。

第4部『虚構のメタバース』 【完】

 

次回 第5部 鋭意作成中

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第6話:解き明かされた真実と、男たちの絆

首都圏交通インフラの崩壊を防ぎ、敵の潜伏サーバーを逆位相パルスで焼き切ってから3日後。

事件を起こしたサイバーテロ組織の実行犯グループは、大野参事官の指揮による捜査一課の徹底的なローラー作戦によって全員逮捕された。

秋晴れの心地よい陽光が差し込む、千代田区の『slabo』事務所。

「賢人兄ちゃん!のあ特製、栗のパウンドケーキが焼き上がったよ~!」

のあが焼きたての甘い香りを漂わせながら、大きな丸皿を丸テーブルにはこんでくる。

「わぁぁぁ…!のあちゃん、栗がごろごろ入ってすっごく美味しそうですっ!」

パソコンの前に座っていた比嘉瑠菜が、目を輝かせて爆速で作業の手を止め、ケーキに飛びついた。

「ふふ、比嘉ちゃん。まずは温かい紅茶と一緒にいただきましょうね」

エラ・ヴァンスが淹れたアッサムティーの気品ある湯気が、カフェスペースを優しく包み込んでいる。

そこへ、重厚な足音とともに事務所の扉が静かに開いた。

コンコン、とノックの音が響く。

そこに立っていたのは、いつものしわくちゃのスーツではなく、ぴしりと手入れされた濃紺のスーツを纏った大野厳造だった。その隣には、笑みを浮かべた藤堂玲香の姿もある。

「大野…参事官?」

比嘉がケーキを口に咥えたまま目を丸くする。

大野は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、少し気まずそうに額の皺を寄せた。

「…おう。現場の後始末と、上層部への報告書出しが全部終わったんでな。一言礼を言いに寄っただけだ」

大野はポケットからガムを取り出すと(長年愛用していた禁煙パイポから替えたようだ)、不器用に一口噛み砕き、賢人の前へと歩み寄った。

「小僧…いや、椎名賢人。俺はな、画面のコードばかり追ってる奴らは一生信用せんと思ってた。だが……お前さんの『超思考』とやらは、ただの計算じゃねえ。現場に生きる人間の足跡と無念を拾い上げるための、本物の情熱だったんだな」

賢人は静かに立ち上がり、いつもの不敵で穏やかな笑みを浮かべた。

そして、寸分の狂いもなく眼鏡のブリッジをスッと押し上げる。

「大野参事官。あなたのように、現場の小さな違和感を足で拾い上げる執念がなければ、僕の数式はただの『絵空事』のままでした。……こちらこそ、最高の現場主義を学ばせていただきました」

大野は呆れたようにフッと笑うと、ゴツゴツとした傷だらけの大きな右手を差し出した。

「ハッ、相変わらず口の減らねえ小僧だ。……だが,悪くねえ。また捜査一課の手が回らんバグ(事件)が出たら、お前さんの鼻持ちならねえロジックを借りに来る」

「ええ。いつでもデバッグして見せます」

賢人は差し出された大野の硬く分厚い手を、しっかりと握り返した。

頑固な叩き上げの刑事と、天才サラリーマンの超思考。二人の間に揺らぐことのない硬い絆が結ばれた瞬間だった。

「さあさあ!参事官さんも一緒にケーキ食べましょう!」

のあが笑顔で皿を差し出し、エラが静かに紅茶を注ぐ。

賑やかな笑い声が弾ける『slabo』の事務所。

どれほど複雑で理不尽なエラーが世界を試そうと、現場の誇りと解き明かすロジックがある限り、解けない謎はない。

椎名賢人とチームslaboの事件簿は、これからも加速しながら続いてく――。

(第3部『絶対正義の不協和音』【完】)

次回 第4部 鋭意執筆中

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第5話:泥臭い信念と、最先端ロジックの融合

「うおおおおおっ…‼」

地下2階、第3排気室へ続く薄暗い通路。

耳を刺す高周波の不快なモスキート音が充満し、空気そのものが強制的に微振動している。並みの人間なら激しい眩暈と嘔吐で立っていられない空間を、大野厳造は歯を食いしばり、猛牛のような足取りで突き進んでいた。

「大野参事官、無理をしないでください!」

背後から追う藤堂玲香警部が、耳を覆いながら叫ぶ。

「黙ってついて来い、藤堂!画面の前で命かけてるあのガキ(賢人)が、俺たちの背中を信じて指示を出してんだ!警察官が現場で逃げてたまるかよ!」

しわくちゃのスーツを汗で濡らし、泥臭く足を前へ踏み出す大野。その執念の背中は、まさに昭和・平成の難事件を足腰だけで潜り抜けてきた『現場の鬼』そのものだった。

その頃、管制室——。

「大野参事官!藤堂さん!あと20メートルで第3排気室セスパネルですっ!」

比嘉瑠菜の叫び声がインカムに響く。指先はすでにキーボードの上で残像とかしていた。

「エラさん、反転パルスの増幅器(アンプ)のセッティングは⁉」

「完了しているわ、比嘉ちゃん。賢人、いつでもいけるわよ」

エラ・ヴァンスが穏やかながらも絶対的な信頼をこめた瞳で賢人を見つめる。

賢人は眼鏡のブリッジをスッと押し上げ、手元のモニターとインカムへ向かって静かに発声した。

「大野参事官、パネルを開けたら内部にある青いダイヤル手動ダンパーを『時計回りに90度』回してください。タイミングは比嘉さんの合図と同時に…0.1秒の誤差も許されません」

『へっ、注文の多い小僧だぜ…!』

インカムから聞こえる大野の荒い息遣いと、笑みを含んだ声。

『おい小僧!俺はな、若い頃から泥にまみれて犯人を追い詰めてきた。お前みたいな天才の頭脳とは程遠い生粋の現場馬鹿だ!…だがな、現場で積み上げられてきた俺の感覚(カン)は、一度だって嘘をついたことはねえ』

ガシャァン!

重い鉄扉が力任せにこじ開けられる音が響いた。

『ダンパーを捕捉したぞ!藤堂、押さえろ!』

『了解です!』

《WARNING:SYSTEM COLLAPSE IN 10 SECONDS》

モニターの赤いカウントダウンが「9…8…7…」と刻まれていく。

「比嘉さん!」賢人の声が飛ぶ。

「はいっ!カウント3で…2…1…今ですっ!ダンパー全開っ‼」

「うおおおおおおお——ッッ‼」

大野の野太い雄叫びとともに、手動ダンパーが力任せに90度旋回した!

瞬間、ダクト内に溜まり込んでいた高周波エネルギーが逆流を開始。エラと比嘉がリアルタイムで生成した「逆位相デジタルパルス」と物理的に衝突し、完璧な干渉波(ノイズキャンセリング)となって敵の潜伏サーバーへと一気に突き抜けた!

バチバチバチッ…ドカンッ‼

制御室のモニター群に表示されていたノイズが一瞬で弾け飛び、青い「NORMAL OPERATION」の文字が画面全体を埋め尽くした。

「やった…!首都圏の運行システム、全ライン正常に復帰しました…‼」

比嘉が両手を挙げて歓声をあげ、その場にへたり込む。

画面の向こうで、汗だくになりながら壁に背をもたせかける大野参事官。

『ハッ…ざまあみろ。俺たちの足音と、小僧の理屈…合わせたら無敵だったろう?』

インカム越しに聞こえる叩き上げ刑事の誇らしげな声に、賢人は不敵で温かい笑みを浮かべ、静かに頷いた。

「ええ、最高のロジックでした、大野参事官」

交わらないはずだった二つの「正義」が、見事に世界をデバッグしてみせた瞬間だった――。

第5話:泥臭い信念と、最先端ロジックの融合 【完】 

次回 [第6話(最終話):解き明かされた真実と、男たちの絆 はこちら➡]

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第4話:見え始めた共鳴

「大野参事官、あなたが現場で聞き出した『配管業者』の工具箱から聞こえた高音…。あれは単なる機械のノイズではなく、指向性スピーカーの共振周波数――18.4キロヘルツの音波です」

正気を取り戻した賢人の声には、先ほどまでの冷徹な冷たさはなく、力強い確信が宿っていた。

大野がメモ帳をパサリと広げ、指で強く指し示す。

「18.4キロヘルツ…⁉ああ、聞き込みしたパン屋の店主が『モスキート音みたいな不快な音が耳の奥に響いた』と言っていた!おの男、工具箱の中にスピーカーを隠して持ち込んだな⁉」

「その通りです。そして、あなたが足で突き止めた現場の移動ルートから計算すると、敵は音響パネルをインフラ管制センターの物理的な配管ネットワークに直接流し込んでいます」

賢人がホワイトボードへ高速で数式と配管図を描き出していく。

「比嘉さん!敵のパルスはネットワーク(論理)ではなく、建物の排気ダクト(物理)を通ってメインサーバーの共振器へ打ち込まれている!外部からのハッキング対策だけでは防げないはずだ!」

「な、なんですって…⁉物理的な音響攻撃(アコースティック・アタック)だったんですか⁉」

比嘉が叫びながら、爆速でキーボードを叩き、配管の振動データを画面に呼び出す。

「画面のコードばかり追っていたら、この物理的な攻撃経路には絶対に気づけなかった…!大野参事官の聞き込みがなかったら、私たちは完全に裏をかかれていました!」

大野は目を見開き、自分の手元にある泥臭いメモと、賢人がボードに描いた緻密な数式を見比べた。

「俺の…俺の足で稼いだ現場の泥臭いネタが…このお勉強データの欠陥を補ったってのか⁉」

「補うどこではりません、大野参事官」

賢人が眼鏡のブリッジをスッと押し上げ、大野を見つめる。

「あなたの刑事としての執念と現場の靴底がなければ、首都圏の交通インフラはあと3分で崩壊していました。…これが、僕たちの『統合デバッグ』です」

「小僧…」大野の目から、民間人への蔑視と不信感が完全に消え去っていた。

「藤堂さん、大野参事官!」賢人の瞳が不敵に輝く。

「敵が物理ダクトから打ち込んでいる高周波のパルスの位相を反転させ、スピーカーの出力を逆に利用して敵の潜伏サーバーへ逆流(フィードバック)させます。そのたには、現場のダクト内にある手動ダンパーを直接操作する必要があります」

「手動ダンパーdと…⁉どこにある!」大野が身を乗り出す。

「地下2階の第3排気室です。ですが、高周波が充満していて一般人では眩暈で辿り着けません」

「ハッ、舐めるなよ!」

大野が大げさにダブダブのスーツの袖をまくり上げた。

「俺の足腰と現場魂を何だと思っていやがる!耳鳴りの一つや二つ、気合でねじ伏せてやるよ!」

「大野参事官、私も行きます!」藤堂が引き締まった表情で前に出る。

「比嘉さん、ダンパー操作のタイミングを0.1秒単位で大野参事官たちへ指示してくれ。エラさん、高周波の共振を抑える干渉波の生成を」

「了解ですっ!マイク経由でリアルタイムナビ入りますっ!」

「ええ、任せて。賢人のロジックを完璧に通してみせるわ」

対立していた「泥臭い現場の刑事」と「天才サラリーマンの超思考」が、完全にひとつのギアとして噛み合った。

首都圏崩壊まで、あと120秒――!

第4話:見え始めた共鳴 【完】

次回 [第5話:泥臭い信念と、最先端ロジック融合はこちら➡]

『天才サラリーマン椎名賢人の事件簿ーその科学デバッグしますー』全話一覧・目次はこちら➡

第3話:暴走する超思考

深夜2時、首都圏の全自動運行を統括する「レインボーブリッジ湾岸インフラ管制センター」。

大雨が降りしきる中、重厚な警戒態勢が敷かれたセンターのメインっ制御室には、緊張感が立ち込めていた。

大野参事官率いる捜査員たちと、藤堂の要請で急行したチームslaboが大型モニターの前に集結している。モニターには、首都圏中の電車、自動運転バス、物流トラックの運行ルートが網の目のように揺らめいていた。

「…賢人先輩!敵の潜伏サーバーから高周波パルスのカウントダウンが始まりました!あと4分で首都圏の交通信号と自動ブレーキシステムが完全にオーバーロード(暴走)しますっ!。

比嘉がノートPCを膝の上で叩きながら、切羽詰まった悲鳴をあげる。

「なに…⁉あと4分だと⁉」

大野参事官が太い声を張り上げ、怒号を飛ばす。

「全線停止の指示をだせ!電車もバスも全部止めろ!」

「ダメです。大野参事官!」藤堂が鋭く制する。「今この瞬間に手動で強制停止させれば、高速道路での追突事故や電車の脱線で数万人の惨事になります!敵のパルスをシステム内部で打ち消す(デバッグする)しかないんです!」

「クソが…!画面の文字(コード)いじくって何とかなるレベルじゃねえだろ!」

大野が悔しそうに拳を壁に叩きつける。

「――黙ってください」

静かな、しかし氷のように冷たい声が響いた。

椎名賢人だった。

賢人は眼鏡を外し、デスクに置くと、両手で頭を抱えるようにしてモニターのコード群を凝視し始めた。

「賢人…先輩…?」

比嘉が息を呑む。賢人の雰囲気が、いつもと明確に違っていた。

賢人の瞳から、人間らしい感情の光が完全に消え失せていた。その眼球が、数秒間数百行で流れ落ちるログプログラムを網膜に焼き付けるように、恐ろしい速度で左右に高速運動を始めている。

思考速度を上限解放……脳内ニューロンの過剰共振……全パラメーターを解の導出へ集中…

賢人の頭皮から、目に見えるほどの微かな熱気が立ち上がり始める。息が荒くなり、皮膚の毛細血管が浮き上がり、体温が急上昇していく。

「あ…あ…あ…」

賢人の唇から、意味をなさない数式と論理記号の羅列が、壊れた機械のように漏れ出し始めた。

「PhaseShift…0.0001…いや、違う…ノイズ干渉波形が多元化している…解がない…解がない…解がない…!演算領域を120%へ拡大…感情回路を全遮断して

処理能力を全振りする…!」

「賢人先輩⁉ダメです。これ以上思考を加速させたら脳の微小管が焼き切れちゃいますっ!賢人先輩っ‼」

比嘉が泣き出しそうな声で叫ぶ。

「おい、小僧!しっかりしろ!」

大野も目を見張り、その異様な光景に圧倒されて思わず手を伸ばしかけた。賢人の皮膚は真っ赤に火照り、呼吸は浅く、意識が「完全なる計算器」へと没入し、二度と戻ってこられない深淵へと滑り落ち始めていた。

その時——。

静かな、波一つ立たない水面のような歩調で、エラ・ヴァンスが歩み寄った。

「賢人」

周囲の喧騒と電子アラーム音をすっと切り裂く、澄み切った静かな声。

エラは、加熱し、激しく震える賢人の右手に、自らの涼やかで柔らかい手を―そっと優しく重ね合わせた。

「…っ⁉」

過剰共振を起こしていた賢人の脳波(微小管)に、エラの指先から伝わる穏やかな生体波動が、波紋のように広がっていく。

「もう十分よ、賢人。あなたは人間であって、冷たい演算機械ではないわ」

エラは東洋的な深い眼差しで賢人を包み込むように見つめ、静かに語りかけた。

「一人で全ての数式を背負う必要はないの。…ほら、隣を見て。あなたに『泥臭い現場の真実』を教えてくれた刑事さんが、あなたを信じて立っているわ」

「えら……さん……」

エラの手から伝わる温かさと、ハーブのような安らぐ香りが、過熱していた賢人の超思考を優しく解きほぐしていく。

賢人の瞳に、ゆっくりと生きた人間の光が戻ってきた。

ハッと息を吐き出し、深く肩を上下させながら、賢人は机の上の眼鏡を手に取り、スッとブリッジを押し上げた。

「…すいません、エラさん。少し熱くなりすぎました」

「ええ。良い顔に戻ったわ、賢人」エラが優しく微笑む。

賢人はゆっくりと振り返り、呆然と立ち尽くしていた大野参事官の目を真っ直ぐに見据えた。

「大野参事官。…あなたの足で稼いだ『超周波スピーカーの音響特性』のデータ、今すぐに僕にかしてください。僕のロジックをあなたの現場の足跡を合体させて、このバグを完封します」

大野は息を呑み、噛み締めていたパイポを胸ポケットに仕舞うと、不敵な笑みを浮かべた。

「…おうよ、小僧!俺の現場魂、最高の数式に組み込んでみろ‼」

相容れなかった二人の「正義」が、ついに一つの解へと重なり合った――!

第3話:暴走する超思考 【完】

次回 [第4話:見え始めた共鳴はこちら➡]

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第5話:破滅のフェーズ

深夜1時。雨が降りしきる千代田区霞が関。

警視庁本部の地下深くに位置する「総合情報センター」は、重苦しい静寂と無機質なサーバーの稼働音に包まれていたが、チームslaboが足を踏み入れた瞬間、センター内の異変は一目瞭然だった。

天井の蛍光灯が明滅を繰り返し、壁面のメインモニター群には、過去数十年分の捜査記録や事件ファイルが怒涛の勢いで高速スクロールされている。

[これは…!データベースの過去ログが、リアルタイムで書き換わっていきます…!]

比嘉がノートPCを膝の上で広げ、爆速でキーボードを叩き叩き叫ぶ。

「10年前の事件データだけじゃない…!5年前の交通事故、昨年の強盗事件、そして―藤堂警部の操作履歴まで…!存在しない聞くのコード(データ)に置換されて行っていますっ!」

「私の…履歴…⁉」

藤堂がハッと胸を押さえた。その瞬間、彼女の脳裏に激しい眩暈のようなノイズが走る。

「くっ…!なに…これ…。神崎刑事との…思い出が…『私は最初から一人で捜査していた』…?馬鹿な…教え込まれた現場主義の記憶が…塗りつぶされていく…⁉」

「藤堂さん、しっかりして!」

エラがすかさず藤堂の腕を支え、自らのペンダントからかすかな高周波を共鳴させた。

「これは『広域量子振動干渉』よ。蒼井は警視庁のメインサーバーを中継器にして、この建物全体にいる人間の微小管(脳波)へ『偽りの記憶』を同調させているの!」

「ふふふ…素晴らしい理解力だ、エラ・ヴァンス」

サーバーラックの最奥、巨大な量子演算ユニットの前に、蒼井蓮が立ち尽くしていた。その手には、高出力の量子干渉デバイスが握られている。

「歴史とは何だ?過去とは何だ?それは人間の『観測と記録』の集合体に過ぎない。ならば、その記録をすべて書き換えれば、世界そのものが書き換わる。…私の弟がクオリアを失わなかった『正解の過去』へと、この世界を修正(デバッグ)して何が悪い!」

蒼井の目が狂気に揺れる。端末の出力インジケーターが赤く跳ね上がった。

《CRITICAL:PAST LOG REWRITING87%COMPLETED》

「書き換え完了まであと3分。椎名賢人、君のロジックも、この広大な記憶の海の前には無力だ!」

「いいえ、蒼井福所長」

賢人は静かに、しかし一歩も引かずに歩み出た。

降り注ぐ電子ノイズと磁気干渉の中、寸分の狂いもなく眼鏡のブリッジをスッと押し上げる。

「君のやっていることは『現実の修正』などではない。ただの『自己満足のデータ改ざん』だ」

「何だと…⁉」

「君は弟さんの事故をなかったことにしたいがために、この世界に生きる何万人の『本物の質感(クオリア)』を奪おうとしている。…そんな歪んだ数式を、僕たちのロジックが許すと思うかい?」

賢人は後ろを振り返らずに指示を飛ばした。

「比嘉さん!警視庁メインサービスのバックアップログから、10年前の『神崎刑事の手記データ』を探すんだ!」

「は、はいっ!でも、そのログも今まさに書き換えられて…っ!」

「大丈夫だ。比嘉さん、君の入力速度なら、書き換えの1ミリ秒の隙間に『真実のアンカー(固定コード)』を打ち込める。…エラさん、共振ノイズキャンセラーを!」

「ええ、任せて!」

エラが量子生物学の知見から、脳波干渉を抑え込む逆位相パルス波を生成し、比嘉のPCへ送る。

「スパコン全ポート開放…!賢人先輩のロジック、エラさんの波動補正…行っけぇぇぇぇ―っ‼」

タァタタタタタタ……タアンッ

比嘉の指先が閃光のような速度でキーボードを駆け抜け、エンターキーが爆音を立てて弾けた!

瞬間、サーバー室全体を覆っていた赤いエラー光が激しく明滅し、青いバックアップシールドが蒼井のデバイスを押し返し始めた1

「なにっ……⁉過去ログの改ざんが…止まった…⁉」

蒼井が目を見開く。

「藤堂さん!」賢人の声が飛ぶ。

「…ッ!ええ、戻ったわ…!私の…私たちの『真実』は、こんな偽物のコードじゃ消せない

‼」

記憶を取り戻した藤堂が、ダークグレーのロングコート大きく翻し、怒涛の威厳とともに拳銃を構えて前に踏み出した!

「蒼井蓮!警視庁の記憶を弄んだ罪、現場で取らせてもらうわ‼」

「く……くそぁぁぁぁぁっ‼」

追い詰められた蒼井は、手元の量子デバイスを暴走させ、サーバー室全体を破壊しようと過負荷(オーバーロード)ボタンに指をかけた―!

――第5話:破滅のフェーズ【完】――

次回[第6話(最終話):観測された未来はこちら➡]

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