2025年、日本の坂口志文(さかぐちしもん)教授が、私たちの体の仕組みを根底から変える発見により、ノーベル生理学・医学賞を受賞されました。その画期的な発見こそ、「制御性T細胞(せいぎょせいティーさいぼう)」です。
「免疫」や「T細胞」と聞くと、少し難しく感じるかもしれませんが、この制御性T細胞は、私たちが健康に生きる上で欠かせない、非常に大切な役割を担っています。
1.制御性T細胞とは?一言でいうと「免疫のブレーキ役」
私たちの体には、「免疫」という素晴らしい防御システムが備わっています。これは、細菌やウイルスなどの「外敵(異物)」を攻撃して体を守る、いわば軍隊のようなものです。
この免疫軍団の主力部隊の一つが、T細胞と呼ばれるリンパ球です。T細胞は、外敵を見つけて攻撃する「アクセル役」を担っています。
ところが、このT細胞が暴走してしまうと大変です。
本来守るべき「自分の体」を誤って外敵とみなして攻撃し始めてしまうことがあります。これが「自己免疫疾患(じこめんえきしっかん)」です。関節リウマチや1型糖尿病などがこれにあたります。
1-1.制御性T細胞は「冷静な司令官」
ここで登場するのが、坂口教授が発見した「制御性T細胞(Treg)」です。
制御性T細胞は、T細胞の中でもわずか数パーセントしかない「特殊部隊」で、その役割は、まさに「暴走した免疫にブレーキをかけること」。免疫軍団が熱くなりすぎたときに、「落ち着け」「攻撃をやめろ」と指示を出し、免疫のバランスを保つ冷静な司令官のような存在です。
制御性T細胞のおかげで、私たちの体は、強力な免疫システムを持ちながらも、自分の体を攻撃せずに健康を維持できています。この「自分と他人を区別し、自分の体を守る仕組み」を「免疫寛容(めんえきかんよう)」と言います。
1-2.制御性T細胞の発見がもたらす医学への貢献
坂口教授のこの発見は、単なる基礎研究にとどまらず、さまざまな病気の治療に革命をもたらす可能性を秘めています。制御性T細胞は、病気によって「働きすぎ」たり「働きが弱すぎ」たりすることが分かってきました。
2.免疫の暴走を止める(自己免疫疾患・アレルギー治療)
前述の通り、自己免疫疾患は制御性T細胞の機能が低下し、免疫が暴走することで起こります。そこで、患者さんの体内で制御性T細胞を「増やす」「強化する」ことができれば、暴走した免疫を抑え込み、病気の進行を止める治療法(細胞療法)につながると期待されています。
2-1.免疫の働きを強める(がん治療)
一方で、がん細胞は、この制御性T細胞を悪用することがあります。がん細胞の周りに制御性T細胞を集めて、免疫軍団の攻撃にブレーキをかけさせ、攻撃を逃れようとするのです。
この場合、逆に制御性T細胞の働きを「抑える」「除去する」ことで、免疫のブレーキを解除し、免疫軍団にがん細胞を思い切り攻撃させることができます。これは、現在進歩が著しいがん免疫療法の新たな戦略として研究が進められています。
2-2..臓器移植直後の拒否反応抑制
臓器移植の際にも、患者さんの免疫が移植された臓器を「外敵」と見なして攻撃する「拒絶反応」が大きな問題となります。この拒絶反応を抑えるために、制御性T細胞の力を利用する研究も期待されています。
まとめ:未来の医療への大きな一歩
制御性T細胞の発見は、「免疫は暴走するもの」という従来の考え方を覆し、免疫システムにはそれを調整する仕組みがあることを世界で初めて証明しました。
坂口志文教授の長年の研究が実を結び、この「免疫のブレーキ役」の仕組みが解明されたことで、これまで治療が難しかった自己免疫疾患や、がんなどの難病に対する、全く新しい治療方法開発の道が開かれました。
ノーベル賞の受賞は、まさに人類の健康に貢献する大きな一歩なのです。
