第3話:0.1秒の真実と、始まりのチーム

「ここが現場の、地下第3サーバー室よ」

藤堂の先導で地下深くへと降り立ったチームslabo。厚さ20cmを超える重厚な防爆扉の前には、警察の立ち入り禁止テープが張り巡らされていた。

サーバー室は、冷却ファンの重低音と、青白いLEDの明滅だけが支配する無機質な空間。足元からは冷たい空気が吹き上がってくる。

「ひえぇ…寒いですし、なんか雰囲気が重いです…」

身を縮こまらせる比嘉の手元で、ノートPCの画面が青く光る。

「比嘉さん、寒さで指の速度を落とさないでくれよ」

「は、はいっ!ローカルネットワーク、いつでもアクセスできますっ!」

藤堂は腕を組み、防爆扉の電子ロックを指し示した。

「事件発生時、この部屋のドアは内側からも外側からも完全にロックされていたわ。カードキーの履歴も一切なし。カメラにも誰も映っていない。…なのに、最奥のメインサーバーから

極秘データだけが消えた」

「…物理的な密室、そしてログ上の密室ね」

エラが静かに歩み寄り、サーバーラックの金属フレームに繊細な指先を沿わせた。黒髪が冷気でかすかに揺れる。

「賢人。空気の流れと、サーバーの排熱データに『不自然な斑(まだら)』があるわ」

「ああ、エラ。僕も気になっていた」

賢人は胸ポケットから自作の波形測定器を取り出し、メインサーバーの排気口へと向けた。

「藤堂さん。犯人はこの部屋に入っていません。だが—『部屋の外部から、物理的に内部データを書き換えた』」

「外部から物理的に…⁉そんなこと可能なんですか⁉」比嘉が驚愕して目を丸くする。

「ああ。比嘉さん、君が事務所で見つけた『参照ループ』のバグだ。犯人はネットワーク経由で参照ループを発生させ、サーバーの処理を意図的にコンマ数秒フリーズさせた。…。そしてその『一瞬の隙』に何をしたと思う?」

賢人は眼鏡のブリッジをスッと押し上げ、サーバーラックの隙間、目立たない配線ダクトの根元をさした。

「高出力レーザーの共振による『光磁気データの直接消去』だ。サーバーの冷却ファンが最も強く回転し、微小な振動が発生する0.1秒の間だけ、レーザーの干渉波を照射して磁気データを物理的に破壊・転送したんだよ」

「レーザー干渉…⁉だから排熱データに斑があったのね!」比嘉の指がキーボードの上で爆速で跳ねる。「ありました!23時14分02秒、ダクト内部の光学センサーに、0.1秒だけ異常な屈折率の記録が残っていますっ!」

藤堂が目を鋭く光らせ、長身を大きく乗り出した。

「つまり…この建物の配管構造を知り尽くし、レーザー照射器を事前に仕込めた『内部人間』が犯人ってわけね」

「正解です。そして、そのログを消去するために使われたプログラムの記述…」

賢人が自らのスマホを比嘉の画面に同期させ、一瞬でアルゴリズムを解読してみせる。

「―このコードの癖、管理責任者であるシステム部長の筆跡と完全に一致します」

「…勝負あったわね」

藤堂の口元に不敵な笑みを浮かべると、無線機を取り出した。

「捜査一課、藤堂だ。今すぐシステム部長を拘束しなさい。証拠は…そうね、『0.1秒の光のログ』よ」

地下駐車場へ戻るエレベーターの中、藤堂は疲れを吹き飛ばすようにフッと息を吐いた。

「見事なデバッグだったわ、椎名賢人。…そして新人ちゃんも、ナイスアシストよ」

「えへへ…!賢人先輩と藤堂さんに褒められちゃいましたっ!」

比嘉が嬉しそうに胸を張ると、エラが温かな眼差しで微笑む。

「ふふ、これでチームslaboの初陣は成功ね」

賢人は静かにジャケットの襟を正し、夜の街へと続く出口を見上げた。

「矛盾(バグ)がある限り、僕たちのロジックはとまりませんよ」

こうして、チームslaboの記念すべき最初の事件は鮮やかに解決した。そして数年後、更なる強敵と「量子生物学の迷宮」が彼らを待ち受けていることを、この時はまだ誰も知らない—。

『天才サラリーマン椎名賢人の事件簿‐その科学デバッグします‐第1部』

第1部:交錯するロジック 【完】

次回第2部『量子因果の迷宮』第1話:量子の迷宮の観測者 はこちら➡ 

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第2話:密室のバグと、バケモノの『超思考』

「いいでしょう、藤堂さん。—その科学、デバッグします。

賢人の言葉を聞いた藤堂は、差し出されたアッサムティーの湯気をくぐらせるようにして、不敵で魅惑的な笑みを深めた。

「頼もしいことね。…じゃあ、まずはこの『バグだらけの現場写真とデータを見てもらいましょうか』

丸テーブルの中央に滑らせた暗号化端末から、ホログラムのように青いデータが宙に浮かび上がる。広げられたのは、大手IT              企業『ゼノ・データ・システムズ』の地下データセンターで起きた『完全密室でのデータ強奪事件』の捜査資料だった。

データだけが物理的に消失しているのよ。警察のサイバー犯罪対策課も鑑識も『物理的に侵入者は存在しない』とお手上げ状態だわ」

藤堂の説明を聞きながら、賢人は静かにデータをスマホ経由で比嘉のノートPCへと転送した。

「比嘉さん。君のその素晴らしい着眼点で、このログのタイムスタンプを見てごらん。…違和感に気づくかい?」

「えっ……?は、はいっ!ええと……!」

突然の指名に焦りつつも、比嘉はノートPCのキーボードに爆速で指を走らせた。画面に並ぶ膨大なバイナリーコード。新入社員である彼女の額に、じんわりと汗が浮かぶ。

「あ…!賢人先輩、ここです!23時14分02秒のアクセスログ、ミリ秒単位のデータ記述に『参照ループ』が起きてます!見かけ上は正常に動作しているフリをして、処理を無限に足止め(ウェイト)させてますっ…!」

「正解だ、比嘉さん。実に素晴らしい眼力だよ」

賢人が優しく頷くと、比嘉の表情が「えへへ…!」と一気に明るくなった。

賢人はそのままスマホの画面を軽くタップし、膨大なログの中に隠された『矛盾(バグ)』を一気に突き崩す独自の数式を展開してみせた。

打鍵音すら鳴らない。わずか数十秒—。丸テーブルの画面上で、偽装されていたサーバーの真のアクセスログと、データ消去の手口が鮮やかに解き明かされていく。

静まり返るslaboの事務所。

藤堂はゆっくりと歩み寄ると、両手を大きな木製の丸テーブルにつき、賢人をまじまじと見つめた。そして、深く息を吐き出すと、感嘆と興奮の混じった笑みを浮かべた。

「…噂以上のバケモノね、椎名賢人。あなたのその『超思考』、見せてもらったわ」

「ひえっ…バ、バケモノだなんて…!」

横で比嘉が恐縮して縮み上がると、藤堂はフッと口元を緩めて比嘉の頭をポンと叩いた。

「あなたもいい筋してるわよ、新人ちゃん。…ふん、鑑識の連中が束になっても敵わないわね」

エラが静かに温かい紅茶のカップを並べ直し、東洋的な深い眼差しで言った。

「観測されているデータが『正しい』とは限らないわ。…でも、現場にはさらに決定的な『物理的痕跡』が残っているはずよ」

「ああ、その通りだ」

賢人が静かに立ち上がり、スーツのボタンを寸分の狂いもなく留めた。

「事務所でのロジックの組み立て(デバッグ)は終わりました。藤堂さん、現場へ案内してください。このロジックを証明しに行きましょう」

「気に入ったわ。…行くわよ、チームslabo!」

「ええっ⁉わ、私まで現場にいくんですか~~⁉」

比嘉の悲鳴にも似た歓声が事務所に響き渡る。のあが「比嘉ちゃんがんばってー!クッキー持ってく⁉」と笑顔で送り出し、チームslaboの記念すべき最初の現場出動が、夜の街へと走り出したのだった。

『天才サラリーマン椎名賢人の事件簿‐その科学デバッグします‐第1部』

第2話:密室のバグと、バケモノの『超思考』【完】

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第1話:日常の崩壊とモデル刑事の来訪

「賢人兄ちゃん!早くしないと、また朝ごはんさめちゃうよ」

朝7時。都内の日当たりの良いマンションのリビングに、エプロン姿の少女の元気な声が響き渡っていた。椎名賢人(28)(しいなけんと)のいとこで、この春から東京の大学に通うために上京してきた椎名のあ(18)だ。

「おはよう、のあ。心配しなくても、あと7分で家を出ればジャストで最寄りのバスにのれるさ」

ビシッと仕立ての良いスーツを着こなした賢人が部屋から姿を現わし、鏡を見ずに寸分の狂いもない動作でネクタイを締め上げた。

「もう!賢人兄ちゃんは相変わらず時計みたいにきっちりしすぎ!」

のあが呆れつつも嬉しそうにみそ汁をよそう。上京してきたばかりの彼女との同居生活は、単調になりがちな賢人の日常に、心地よい温もりを与えていた。————

夕方、17時45分。大手メーカーのマーケティング部オフィス。定時退勤まであと15分という刻限、賢人のデスクの横で、半泣きになりながら書類とPCを抱えて立ち尽くす人物がいた。

今年入社したばかりの新入社員—比嘉瑠菜(ひがるな)だ。

「うぅ……っ、賢人先輩ぁ…!た、大変なんです…っ!」

「どうしたんだい、比嘉さん。そんなに焦って」

賢人が手を止め見上げると、比嘉のボロボロと涙をこぼしそうな目で見つめ返してきた。

「今週の市場データの集計なんですけど…何回検算しても、最終的な数値の辻褄がどうしても合わなくてっ…もうすぐ定時なのに、私のせいで課全体の提出が遅れちゃいます…っ!足を引っ張っちゃって、本当にごめんなさい…っ」

パニックを起こして泣きつく比嘉に、賢人は取り乱すことなく静かに微笑んだ。

「どれ、見せてごらん」

賢人は比嘉のPC画面を一瞥すると、流れるような手つきでキーボードを叩き始めた。打鍵音が心地よいリズムを刻む。

「…なるほど。3行目のマクロ関数に、参照セルの1列分のずれがある。データそのものの拾い出し、君が完璧にやってくれていたよ。ほら。これで整合性が取れた。

デバッグ完了だ」

「ふぇ…⁉一瞬で直っちゃった⁉…ほんとだ、数字がピッタリ合ってる…っ!」

さっきまでのパニックが嘘のように一瞬で解決し、比嘉はパッと目を輝かせた。

「すごい…!賢人先輩って、本当に魔法使いみたいです…!」

「魔法じゃないよ、ただの論理(ロジック)さ」

賢人はPCを返すと、眼鏡のブリッジをスッと押し上げた。

「比嘉さん。君が集めてくれたこのデータ、集計の着眼点が実に素晴らしい。実は今、僕が個人的に追っている『ある科学的データの検証』があってね。…もし時間があるなら、僕の社外の『秘密基地』に来てみないか?君のその優秀な視点を貸して欲しいんだ」

「えっ…⁉賢人先輩の秘密基地…⁉わたしなんかで良ければ、喜んでついていきますっ‼」

こうして、賢人は初々しい比嘉をスカウトし、雑居ビルにある『slabo(エスラボ)』の事務所へと連れていくのだった。

「ここ…ですか?」

賢人に促され、雑居ビルの急な階段を登り切った比嘉は、重厚な木製ドアの前でゴクリと生唾を飲み込んだ。賢人が静かにドアノブをまわして中へ入ると、比嘉は緊張で肩をすくめながらその後に続く。だが、一歩足を踏み入れた瞬間、比嘉は思わずパッと目を輝かせた。

「わぁぁ…!すごい…!まるで隠れ家カフェみたい…!」

使い込まれた温かみのある木製フローリングに、ヴィンテージの書棚。部屋の中央には、ドカンと存在感を放つ大きな木製丸テーブル。窓からやわらかな光が差し込み、ほのかに上質な茶葉の香りが漂っている。

オフィスというよりは、誰もが長居したくなるような洗練されたリラックス空間だった。

その時、奥のカフェスペースから、黒髪をすっと揺らした一人の女性が洗練された手つきでティーポットを手に歩み出てきた。

東洋的な静謐さと、吸い込まれそうな知性を纏った美しい女性—エラ・ヴァンスだ。

「賢人、お帰りなさい。…あら、その子は?」

エラが優しく微笑みながら、温かい紅茶のカップを丸テーブルへ置く。

賢人は静かに眼鏡のブリッジをスッと押し上げると、比嘉の背中にそっと手を添えて紹介した。

「ことらは、僕の会社の後輩で比嘉瑠菜さん。…彼女のデータの分析センスと才能を見込んで、今回の件で協力を頼んだんだ」

「えっ⁉は、はいっ!新入社員の比嘉瑠菜ですっ!よろしくお願いしますっ!」

「才能」と言われて顔を真っ赤にした比嘉は、直立不動で深々と頭を下げた。

賢人は続て、エラの方を指し示して比嘉に語りかける。

「比嘉さん、彼女はエラ・ヴァンス、僕たちのブレインであり、『量子生物学』の専門家だ。この事務所…Webメディア『slabo(エスラボ)』の精神的支柱でもある」

「りょ、量子生物学…⁉なんか凄そうな響き…!」

比嘉が目を丸くしていると、エラはふふっと柔らかく目を細めた。

「よろしくね、比嘉さん。賢人が人をここに連れてくるなんて珍しいのよ。…さあ、冷めないうちに温かい紅茶をどうぞ」

「あ、ありがとうございますっ…!」

そこへ、奥の給湯スペースから焼き立てのクッキー皿をもった少女が元気に飛び出してきた。

「賢人兄ちゃんおかえり~!えっ女の子⁉やったー!私、賢人お兄ちゃんのいとこの『のあ』だよ!のあって呼んでね!クッキー食べる?」

「のあちゃん⁉わぁ、いただきますっ!」

一瞬で打ち解けるのあと比嘉。

緊張感がすっとほぐれた比嘉の目の前で、エラが注いだアッサムティーの湯気がふわりと立ち上がり、大きな丸テーブルを囲む「チームslabo」の物語が、いま静かに動き始めたのだった。

カツンー、カツンー。

その時、重厚で規則正しいヒール音が、急な階段を一段ずつ踏みしめるように近づいてくる。ドアが静かに開き、立ち現れたのは身長172cmの抜群のスタイルを誇る美女。黒の洗練されたパンツスーツにダークグレーのロングコートを纏い、初対面の比嘉たちを一瞥すると、不敵で魅惑的な笑みを浮かばせた。

「…賑やかね。ここが噂の『slabo』かしら」

「どちら様でしょうか?」

賢人が静かに立ち上がると、女性は胸ポケットから、すっと警察手帳を取り出し、提示してみせた。金の紋章が部屋の証明を浴び鋭く光りを放つ。

「警視庁捜査一課、藤堂玲香(とうどうれいか)よ」

帝都大学卒のエリートキャリアー本来なら現場に出ず本部で指揮を執る立場でありながら、彼女は上の制止を突っぱねて現場を走り回っていた。

『現場にしか真実(ホシ)はない。上の書類に騙されるな、玲香』叩き上げの老刑事・神崎からの徹底的に叩き込まれたその『現場主義』の教えこそが、彼女の強い信条(ハート)を作り上げていた。

「—椎名賢人、あなたに緊急で協力を求めに来たわ」

警察手帳の輝きと藤堂が放つ圧倒的な威厳に押され、比嘉は抱えていたノートPCをぎゅっと抱きしめながら「ひぇっ」と声を漏らした。

藤堂は手帳をポケットへ収めると、大きな丸テーブルの上へ一枚の事件現場写真と暗号化されたデータ端末を滑らせた。

「現場は完全な密室。…鑑識の連中はお手上げよ。あなたのその絶対的なロジック、見せてもらえるかしら?」

エラが静かに新しいカップへ温かいアッサムティーを注ぎ、藤堂の前へと差し出す。

「ようこそ、藤堂警部。…どうやら、面白いデバッグの始まりのようね」

賢人は眼鏡のブリッジをスッと押し上げ、丸テーブルの資料に視線を落とした。

「いいでしょう、藤堂さん。—その科学、デバッグします。」

『天才サラリーマン椎名賢人の事件簿‐その科学デバッグします‐』第1部                    第1話:日常の崩壊とモデル刑事の来訪【完】

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