第2話:密室のバグと、バケモノの『超思考』

「いいでしょう、藤堂さん。—その科学、デバッグします。

賢人の言葉を聞いた藤堂は、差し出されたアッサムティーの湯気をくぐらせるようにして、不敵で魅惑的な笑みを深めた。

「頼もしいことね。…じゃあ、まずはこの『バグだらけの現場写真とデータを見てもらいましょうか』

丸テーブルの中央に滑らせた暗号化端末から、ホログラムのように青いデータが宙に浮かび上がる。広げられたのは、大手IT              企業『ゼノ・データ・システムズ』の地下データセンターで起きた『完全密室でのデータ強奪事件』の捜査資料だった。

データだけが物理的に消失しているのよ。警察のサイバー犯罪対策課も鑑識も『物理的に侵入者は存在しない』とお手上げ状態だわ」

藤堂の説明を聞きながら、賢人は静かにデータをスマホ経由で比嘉のノートPCへと転送した。

「比嘉さん。君のその素晴らしい着眼点で、このログのタイムスタンプを見てごらん。…違和感に気づくかい?」

「えっ……?は、はいっ!ええと……!」

突然の指名に焦りつつも、比嘉はノートPCのキーボードに爆速で指を走らせた。画面に並ぶ膨大なバイナリーコード。新入社員である彼女の額に、じんわりと汗が浮かぶ。

「あ…!賢人先輩、ここです!23時14分02秒のアクセスログ、ミリ秒単位のデータ記述に『参照ループ』が起きてます!見かけ上は正常に動作しているフリをして、処理を無限に足止め(ウェイト)させてますっ…!」

「正解だ、比嘉さん。実に素晴らしい眼力だよ」

賢人が優しく頷くと、比嘉の表情が「えへへ…!」と一気に明るくなった。

賢人はそのままスマホの画面を軽くタップし、膨大なログの中に隠された『矛盾(バグ)』を一気に突き崩す独自の数式を展開してみせた。

打鍵音すら鳴らない。わずか数十秒—。丸テーブルの画面上で、偽装されていたサーバーの真のアクセスログと、データ消去の手口が鮮やかに解き明かされていく。

静まり返るslaboの事務所。

藤堂はゆっくりと歩み寄ると、両手を大きな木製の丸テーブルにつき、賢人をまじまじと見つめた。そして、深く息を吐き出すと、感嘆と興奮の混じった笑みを浮かべた。

「…噂以上のバケモノね、椎名賢人。あなたのその『超思考』、見せてもらったわ」

「ひえっ…バ、バケモノだなんて…!」

横で比嘉が恐縮して縮み上がると、藤堂はフッと口元を緩めて比嘉の頭をポンと叩いた。

「あなたもいい筋してるわよ、新人ちゃん。…ふん、鑑識の連中が束になっても敵わないわね」

エラが静かに温かい紅茶のカップを並べ直し、東洋的な深い眼差しで言った。

「観測されているデータが『正しい』とは限らないわ。…でも、現場にはさらに決定的な『物理的痕跡』が残っているはずよ」

「ああ、その通りだ」

賢人が静かに立ち上がり、スーツのボタンを寸分の狂いもなく留めた。

「事務所でのロジックの組み立て(デバッグ)は終わりました。藤堂さん、現場へ案内してください。このロジックを証明しに行きましょう」

「気に入ったわ。…行くわよ、チームslabo!」

「ええっ⁉わ、私まで現場にいくんですか~~⁉」

比嘉の悲鳴にも似た歓声が事務所に響き渡る。のあが「比嘉ちゃんがんばってー!クッキー持ってく⁉」と笑顔で送り出し、チームslaboの記念すべき最初の現場出動が、夜の街へと走り出したのだった。

『天才サラリーマン椎名賢人の事件簿‐その科学デバッグします‐第1部』

第2話:密室のバグと、バケモノの『超思考』【完】

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