深夜1時。雨が降りしきる千代田区霞が関。
警視庁本部の地下深くに位置する「総合情報センター」は、重苦しい静寂と無機質なサーバーの稼働音に包まれていたが、チームslaboが足を踏み入れた瞬間、センター内の異変は一目瞭然だった。
天井の蛍光灯が明滅を繰り返し、壁面のメインモニター群には、過去数十年分の捜査記録や事件ファイルが怒涛の勢いで高速スクロールされている。
[これは…!データベースの過去ログが、リアルタイムで書き換わっていきます…!]
比嘉がノートPCを膝の上で広げ、爆速でキーボードを叩き叩き叫ぶ。
「10年前の事件データだけじゃない…!5年前の交通事故、昨年の強盗事件、そして―藤堂警部の操作履歴まで…!存在しない聞くのコード(データ)に置換されて行っていますっ!」
「私の…履歴…⁉」
藤堂がハッと胸を押さえた。その瞬間、彼女の脳裏に激しい眩暈のようなノイズが走る。
「くっ…!なに…これ…。神崎刑事との…思い出が…『私は最初から一人で捜査していた』…?馬鹿な…教え込まれた現場主義の記憶が…塗りつぶされていく…⁉」
「藤堂さん、しっかりして!」
エラがすかさず藤堂の腕を支え、自らのペンダントからかすかな高周波を共鳴させた。
「これは『広域量子振動干渉』よ。蒼井は警視庁のメインサーバーを中継器にして、この建物全体にいる人間の微小管(脳波)へ『偽りの記憶』を同調させているの!」
「ふふふ…素晴らしい理解力だ、エラ・ヴァンス」
サーバーラックの最奥、巨大な量子演算ユニットの前に、蒼井蓮が立ち尽くしていた。その手には、高出力の量子干渉デバイスが握られている。
「歴史とは何だ?過去とは何だ?それは人間の『観測と記録』の集合体に過ぎない。ならば、その記録をすべて書き換えれば、世界そのものが書き換わる。…私の弟がクオリアを失わなかった『正解の過去』へと、この世界を修正(デバッグ)して何が悪い!」
蒼井の目が狂気に揺れる。端末の出力インジケーターが赤く跳ね上がった。
《CRITICAL:PAST LOG REWRITING87%COMPLETED》
「書き換え完了まであと3分。椎名賢人、君のロジックも、この広大な記憶の海の前には無力だ!」
「いいえ、蒼井福所長」
賢人は静かに、しかし一歩も引かずに歩み出た。
降り注ぐ電子ノイズと磁気干渉の中、寸分の狂いもなく眼鏡のブリッジをスッと押し上げる。
「君のやっていることは『現実の修正』などではない。ただの『自己満足のデータ改ざん』だ」
「何だと…⁉」
「君は弟さんの事故をなかったことにしたいがために、この世界に生きる何万人の『本物の質感(クオリア)』を奪おうとしている。…そんな歪んだ数式を、僕たちのロジックが許すと思うかい?」
賢人は後ろを振り返らずに指示を飛ばした。
「比嘉さん!警視庁メインサービスのバックアップログから、10年前の『神崎刑事の手記データ』を探すんだ!」
「は、はいっ!でも、そのログも今まさに書き換えられて…っ!」
「大丈夫だ。比嘉さん、君の入力速度なら、書き換えの1ミリ秒の隙間に『真実のアンカー(固定コード)』を打ち込める。…エラさん、共振ノイズキャンセラーを!」
「ええ、任せて!」
エラが量子生物学の知見から、脳波干渉を抑え込む逆位相パルス波を生成し、比嘉のPCへ送る。
「スパコン全ポート開放…!賢人先輩のロジック、エラさんの波動補正…行っけぇぇぇぇ―っ‼」
タァタタタタタタ……タアンッ‼
比嘉の指先が閃光のような速度でキーボードを駆け抜け、エンターキーが爆音を立てて弾けた!
瞬間、サーバー室全体を覆っていた赤いエラー光が激しく明滅し、青いバックアップシールドが蒼井のデバイスを押し返し始めた1
「なにっ……⁉過去ログの改ざんが…止まった…⁉」
蒼井が目を見開く。
「藤堂さん!」賢人の声が飛ぶ。
「…ッ!ええ、戻ったわ…!私の…私たちの『真実』は、こんな偽物のコードじゃ消せない
‼」
記憶を取り戻した藤堂が、ダークグレーのロングコート大きく翻し、怒涛の威厳とともに拳銃を構えて前に踏み出した!
「蒼井蓮!警視庁の記憶を弄んだ罪、現場で取らせてもらうわ‼」
「く……くそぁぁぁぁぁっ‼」
追い詰められた蒼井は、手元の量子デバイスを暴走させ、サーバー室全体を破壊しようと過負荷(オーバーロード)ボタンに指をかけた―!
――第5話:破滅のフェーズ【完】――
次回[第6話(最終話):観測された未来はこちら➡]
