「――終わりだ、椎名賢人!私の理論が否定されるなら、このデータベースもろとも、警視庁の過去をすべて消滅させてやる!」
暴走状態に入った量子デバイスが、甲高い過負荷音(アラーム)を響かせる。
《WARNING:OVERLOAD DETECTED.CORE CRITICAL 95%》
青白いプラズマ状の放電がサーバーラックを駆け巡り、磁気嵐が地下空間を狂わせる。比嘉が「ひぇぇっ⁉デバイスが爆発しちゃいますっ!」と悲鳴を上げ、藤堂が引き金に指をかけながら蒼井へと肉薄する。
だが、賢人は一切の動揺を見せず、崩壊しかける磁場の中を悠然と前へ進み出た。
「蒼井副所長。君は最後まで『観測』の本質を見誤っている」
「何…⁉」
賢人は静かに、不敵に眼鏡のブリッジをスッと押し上げた。
「君が起こそうとしているオーバーロード…そのエネルギーの収束点は、過去の改ざんではなく、君自身が抱える『矛盾(エラー)』そのものだ」
「矛盾だと…⁉私は弟の記憶(クオリア)を取り戻すために、完璧な数式を組んだんだ!」
「いいえ。君の数式は美しかったが、ひとつだけ重要なパラメータを忘れていたわ」
エラが静かに賢人の隣に並び立ち、東洋的な深い眼差しを蒼井へ向けた。
「あなたが弟さんに残したかったのは『偽りの過去』ではないはずよ。…あなたが弟さんと過ごした、苦しくても愛おしい『真実の質感』だったはず」
「……っ⁉」蒼井の指が、過負荷ボタンの上で凍りつく。
「比嘉さん、今だ」賢人のしずかな声が響く。
「了解ですっ!暴走プログラムの制御ログに、賢人先輩の『逆位相関数』を爆速挿入…完了っ‼」
タァン—!
比嘉が解き放った最後の打鍵音が、空間のノイズを完全に切り裂いた。
瞬間、膨れ上がっていたプラズマ放電が一気に集束し、赤く明滅していた全モニターが、一斉に澄み切った青い「正常稼働」の画面へと切り替わった。
暴走していた量子デバイスはカシャリと音を立てて冷たく停止し、蒼井の手から滑り落ちて床に転がった。
「馬鹿な…私の…因果の迷宮が…完全に解体(デバッグ)されたというのか・・・」
蒼井はその場に崩れ落ち、膝をついた。
藤堂が静かに歩み寄り、カチリと金属音を立てて手錠を打つ。
「蒼井蓮。あなたの科学への情熱とエラー…警察の、そして人間の『真実の記憶』で、きっちり裁かせてもらうわ」
蒼井は抵抗することなく、静かに目を閉じた。
数日後。
明るい陽光が差し込むslaboの事務所には、いつもの穏やかな朝の風景が戻っていた。
「賢人兄ちゃん!比嘉ちゃん!焼き立てのスコーンできたよ~!
のあが笑顔で大皿を丸テーブルへと運んでくる。
「わぁぁ…!のあちゃんのスコーン、すっごく美味しいですっ!」
比嘉が頬を緩ませ、爆速でPCを叩いていた指を休めてスコーンに飛びつく。
カフェスペースでは、エラが丁寧に淹れたアッサムティーの湯気がふわりと立ち上がっていた。
「今回の事件、警視庁のデータベースも無事に修復されたそうね。藤堂警部からの感謝の連絡があったわ」
「ええ、ですが、人間の脳と記憶のメカニズムには、まだ僕たちの知らないバグが眠っているのかもしれません」
賢人は差し出されたかアップを受け取り、一口喉を潤すと、大きな木製の丸テーブル越しに仲間たちを見渡した。
「ですが、心配はありませんよ。——どんなに複雑な矛盾(バグ)が世界を覆おうと、僕たちが観測し続ける限り、解けない謎はありませんから」
賢人が眼鏡のブリッジをスッと押し上げ、不敵な笑みを浮かべる。
『チームslabo』の物語は、これからも加速しながら続いていく――。
――第6話(最終話):観測された未来―― 【完】
