「う…うおぁぁぁっ⁉な、なんだぁ、この感覚はっ⁉」
警視庁のサイバー特別捜査室。最新型VRデバイス『Neuolink-V』を装着し、メタバース空間『AETHER』へとダイブした大野厳造が、己の手足を何度も見つめながら大声を上げた。
彼の視界に広がっていたのは、見渡す限り青く透きとおる空と、幾何学模様の美しい構造物がそびえ立つ未来都市。
そして大野自身のアバターは―しわくちゃのスーツ姿そのままだった。
「お、大野参事官、落ち着いてください!それは『触覚フィードバック』です!脳に微小な電気信号を送って、本物そっくりの皮膚感覚を再現してるんです!」
隣に顕現した比嘉瑠菜が、可愛らしいサイバー風のアバター姿で慌てて手を振る。
「…なるほど。重力も、風の温度も、完璧に再現されている」
賢人は漆黒のスーツ姿のアバターで静かに歩み出て、アバターの眼鏡のブリッジをスッと押し上げた。
「ですが、これは現実ではありません。視覚、聴覚、触覚の電気パルスを脳の第1次有感覚野へ直接打ち込んでいるだけの『高度な錯覚』です」
「ふん……。触った感覚はあるが、どことなく空虚な冷たさを感じるわね」
エラ・バンスまた、光の粒子を纏ったような美しいアバターで降り立ち、周囲の空間を観察する。
「賢人先輩、見てください!街の深部…あそこの黒いノイズに覆われた巨大な塔が、未開放エリア『楽園(エデン)』です!」
比嘉が指差す先には、美しい都市の景観を切り裂くように、赤と黒のコードノイズを撒き散らす巨大なバベルの塔のような構造物がそびえ立っていた。
「よし、乗り込むぞ!」大野が拳を握りしめる。
だが、彼らが塔のゲートへ一歩足を踏み入れた瞬間――。
《ACCESS DENIED:REJECT UNLAWFUL USERS》
ゴオオオオオン……!
空間そのものが歪み、空が漆黒に染まった。地面から無数のコードの鎖が這い出し、チームslaboと大野の足元を縛り上げる!
「くっ…⁉身体が動かん!重力が増したみたいだ……っ!」
大野が歯を食いしばり、必死に脚を踏ん張る。
「物理法則(重力パラメータ)の改ざん…!敵は僕たちの脳へ直接『強烈な負荷の錯覚』を 送り込んでいます!」
賢人が冷静に分析する。比嘉が「く。キーボードが出せない…っ爆速ハックが
…っ!」と苦悶の声を上げる。
その時、塔の上空にホログラムの影が浮かび上がった。
白衣を纏い、冷たい氷のような瞳をした男—鳴海零だった。
『久しぶりだな、賢人』
鳴海の静かな声が、空間全体に反響する。
『君たちのような「現実の泥」に塗れた者が、この完璧な理想郷に土足で踏み込んでくるとはね』
「鳴海…!被害者たちの意識を返してもらうぞ!」藤堂のアバターが叫ぶ。
鳴海は憐れむような視線を向けた。
『返す?勘違いしないでほしいな。彼らは自らの意思で、この痛みのない『楽園』にとどまることを選んだんだ。現実世界の不治の病、孤独、絶望…そんなバグだらけの肉体を捨て、ここでは誰も完全な存在になれる』
『賢人、君なら理解できるはずだ。人間という不完全な筐体(ハードウェア)を破棄し、魂をコードへ昇華させることこそが、科学の到達点だと』
「…断るね」
賢人は重力エラーの圧迫に耐えながら、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「痛みや不完全さがあるからこそ、人は他者を思いやり、現実を乗り越えようとする。それをバグと呼び捨てるのは…ただの『現実逃避(エラー)』だ」
『相変わらず頑固だな。…ならば、その不完全な現実の重みとともに、ここで消えるがいい』
鳴海の手が振られると、空間の歪みが激しさを増し、データ削除プログラム(デリート・パルス)が一行迫り狂ってきた!
「比嘉さん、僕の脳波ログをアクセスポートへ直結しろ!」賢人の鋭い指示が飛ぶ。
「えっ…⁉賢人先輩、仮想空間での超思考は、脳への負荷が現実の数倍になりますっ!」
「構わない。僕たちの現実(クオリア)を…今ここでデバッグする!」
賢人の瞳から、解を導き出す超思考の青い光が爆発的に解き放たれた――!
第2話:ダイブ・イン・バグ 【完】
