第6話(最終話):観測された未来

「――終わりだ、椎名賢人!私の理論が否定されるなら、このデータベースもろとも、警視庁の過去をすべて消滅させてやる!」

暴走状態に入った量子デバイスが、甲高い過負荷音(アラーム)を響かせる。

《WARNING:OVERLOAD DETECTED.CORE CRITICAL 95%》

青白いプラズマ状の放電がサーバーラックを駆け巡り、磁気嵐が地下空間を狂わせる。比嘉が「ひぇぇっ⁉デバイスが爆発しちゃいますっ!」と悲鳴を上げ、藤堂が引き金に指をかけながら蒼井へと肉薄する。

だが、賢人は一切の動揺を見せず、崩壊しかける磁場の中を悠然と前へ進み出た。

「蒼井副所長。君は最後まで『観測』の本質を見誤っている」

「何…⁉」

賢人は静かに、不敵に眼鏡のブリッジをスッと押し上げた。

「君が起こそうとしているオーバーロード…そのエネルギーの収束点は、過去の改ざんではなく、君自身が抱える『矛盾(エラー)』そのものだ」

「矛盾だと…⁉私は弟の記憶(クオリア)を取り戻すために、完璧な数式を組んだんだ!」

「いいえ。君の数式は美しかったが、ひとつだけ重要なパラメータを忘れていたわ」

エラが静かに賢人の隣に並び立ち、東洋的な深い眼差しを蒼井へ向けた。

「あなたが弟さんに残したかったのは『偽りの過去』ではないはずよ。…あなたが弟さんと過ごした、苦しくても愛おしい『真実の質感』だったはず」

「……っ⁉」蒼井の指が、過負荷ボタンの上で凍りつく。

「比嘉さん、今だ」賢人のしずかな声が響く。

「了解ですっ!暴走プログラムの制御ログに、賢人先輩の『逆位相関数』を爆速挿入…完了っ‼」

タァン—!

比嘉が解き放った最後の打鍵音が、空間のノイズを完全に切り裂いた。

瞬間、膨れ上がっていたプラズマ放電が一気に集束し、赤く明滅していた全モニターが、一斉に澄み切った青い「正常稼働」の画面へと切り替わった。

暴走していた量子デバイスはカシャリと音を立てて冷たく停止し、蒼井の手から滑り落ちて床に転がった。

「馬鹿な…私の…因果の迷宮が…完全に解体(デバッグ)されたというのか・・・」

蒼井はその場に崩れ落ち、膝をついた。

藤堂が静かに歩み寄り、カチリと金属音を立てて手錠を打つ。

「蒼井蓮。あなたの科学への情熱とエラー…警察の、そして人間の『真実の記憶』で、きっちり裁かせてもらうわ」

蒼井は抵抗することなく、静かに目を閉じた。

数日後。

明るい陽光が差し込むslaboの事務所には、いつもの穏やかな朝の風景が戻っていた。

「賢人兄ちゃん!比嘉ちゃん!焼き立てのスコーンできたよ~!

のあが笑顔で大皿を丸テーブルへと運んでくる。

「わぁぁ…!のあちゃんのスコーン、すっごく美味しいですっ!」

比嘉が頬を緩ませ、爆速でPCを叩いていた指を休めてスコーンに飛びつく。

カフェスペースでは、エラが丁寧に淹れたアッサムティーの湯気がふわりと立ち上がっていた。

「今回の事件、警視庁のデータベースも無事に修復されたそうね。藤堂警部からの感謝の連絡があったわ」

「ええ、ですが、人間の脳と記憶のメカニズムには、まだ僕たちの知らないバグが眠っているのかもしれません」

賢人は差し出されたかアップを受け取り、一口喉を潤すと、大きな木製の丸テーブル越しに仲間たちを見渡した。

「ですが、心配はありませんよ。——どんなに複雑な矛盾(バグ)が世界を覆おうと、僕たちが観測し続ける限り、解けない謎はありませんから」

賢人が眼鏡のブリッジをスッと押し上げ、不敵な笑みを浮かべる。

『チームslabo』の物語は、これからも加速しながら続いていく――。

――第6話(最終話):観測された未来―― 【完】

作品目次:[『天才サラリーマン椎名賢人の事件簿‐その科学デバッグします‐』全話一覧・目次はこちら➡]

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