「いいでしょう、藤堂さん。—その科学、デバッグします。
賢人の言葉を聞いた藤堂は、差し出されたアッサムティーの湯気をくぐらせるようにして、不敵で魅惑的な笑みを深めた。
「頼もしいことね。…じゃあ、まずはこの『バグだらけの現場写真とデータを見てもらいましょうか』
丸テーブルの中央に滑らせた暗号化端末から、ホログラムのように青いデータが宙に浮かび上がる。広げられたのは、大手IT 企業『ゼノ・データ・システムズ』の地下データセンターで起きた『完全密室でのデータ強奪事件』の捜査資料だった。
データだけが物理的に消失しているのよ。警察のサイバー犯罪対策課も鑑識も『物理的に侵入者は存在しない』とお手上げ状態だわ」
藤堂の説明を聞きながら、賢人は静かにデータをスマホ経由で比嘉のノートPCへと転送した。
「比嘉さん。君のその素晴らしい着眼点で、このログのタイムスタンプを見てごらん。…違和感に気づくかい?」
「えっ……?は、はいっ!ええと……!」
突然の指名に焦りつつも、比嘉はノートPCのキーボードに爆速で指を走らせた。画面に並ぶ膨大なバイナリーコード。新入社員である彼女の額に、じんわりと汗が浮かぶ。
「あ…!賢人先輩、ここです!23時14分02秒のアクセスログ、ミリ秒単位のデータ記述に『参照ループ』が起きてます!見かけ上は正常に動作しているフリをして、処理を無限に足止め(ウェイト)させてますっ…!」
「正解だ、比嘉さん。実に素晴らしい眼力だよ」
賢人が優しく頷くと、比嘉の表情が「えへへ…!」と一気に明るくなった。
賢人はそのままスマホの画面を軽くタップし、膨大なログの中に隠された『矛盾(バグ)』を一気に突き崩す独自の数式を展開してみせた。
打鍵音すら鳴らない。わずか数十秒—。丸テーブルの画面上で、偽装されていたサーバーの真のアクセスログと、データ消去の手口が鮮やかに解き明かされていく。
静まり返るslaboの事務所。
藤堂はゆっくりと歩み寄ると、両手を大きな木製の丸テーブルにつき、賢人をまじまじと見つめた。そして、深く息を吐き出すと、感嘆と興奮の混じった笑みを浮かべた。
「…噂以上のバケモノね、椎名賢人。あなたのその『超思考』、見せてもらったわ」
「ひえっ…バ、バケモノだなんて…!」
横で比嘉が恐縮して縮み上がると、藤堂はフッと口元を緩めて比嘉の頭をポンと叩いた。
「あなたもいい筋してるわよ、新人ちゃん。…ふん、鑑識の連中が束になっても敵わないわね」
エラが静かに温かい紅茶のカップを並べ直し、東洋的な深い眼差しで言った。
「観測されているデータが『正しい』とは限らないわ。…でも、現場にはさらに決定的な『物理的痕跡』が残っているはずよ」
「ああ、その通りだ」
賢人が静かに立ち上がり、スーツのボタンを寸分の狂いもなく留めた。
「事務所でのロジックの組み立て(デバッグ)は終わりました。藤堂さん、現場へ案内してください。このロジックを証明しに行きましょう」
「気に入ったわ。…行くわよ、チームslabo!」
「ええっ⁉わ、私まで現場にいくんですか~~⁉」
比嘉の悲鳴にも似た歓声が事務所に響き渡る。のあが「比嘉ちゃんがんばってー!クッキー持ってく⁉」と笑顔で送り出し、チームslaboの記念すべき最初の現場出動が、夜の街へと走り出したのだった。
『天才サラリーマン椎名賢人の事件簿‐その科学デバッグします‐第1部』
第2話:密室のバグと、バケモノの『超思考』【完】
次回第3話:[『0.1秒』の真実と、始まりのチーム]はこちら➡]
