蒼井が姿を消した地下実験室から slaboの事務所へと戻ったチーム slabo。
大きな木製の丸テーブルの上には、藤堂が警察の極秘データベースから引き出した蒼井蓮に関するファイルと、エラが淹れた温かいアッサムティーの湯気が立ち上っていた。
「…警視庁のメインサーバーにも、蒼井の痕跡が残されていたわ」
藤堂が腕を組み、不敵な笑みを消して険しい表情で語り始める。
「蒼井蓮(35)。彼はかつて、神崎博士とともに帝都大学の量子生物学研究しつに所属していた。だが、…10年前、ある未公開の非人道的な脳波実験中爆発事故が起きているの。その現場にいたのが、蒼井の実の弟だったわ」
「実の弟さん…⁉」比嘉がノートPCから顔を上げ、息を呑む。
「ええ。弟さんは命こそ取り留めたものの、脳の微小管に深刻な損傷を受け、あらゆる感情や記憶の質感―『クオリア』を完全に失った状態で寝たきりになった。
…そして、その実験室の責任者だった神崎博士は、自分の保身のため事故の記録を抹消し、論文の成果だけを奪って先端医療研究所の副所長に収まったのよ」
「…だから、復讐だったというのですか?」
比嘉が胸を痛めるように呟くと、ティーカップを手に取ったエラが静かに首を振った。
「単なる復讐なら、神崎博士の命を奪うだけで終わっていたはずよ。でも蒼井は、博士の脳に『存在しない10年間の過去』を上書きした…。彼は神崎博士を実験台にして、『失われた弟のクオリア(意識体験の質感)を、量子干渉によって再構築・復元できるか』を試していたのね」
「記憶とクオリアの復元…」
賢人が眼鏡のブリッジをスッと押し上げ、静かに思考を巡らせる。
「なるほど。10年前の事故で失われた弟の意識を取り戻すため、彼は『観測された過去そのものを書き換える技術』を完成させようとしていたんだ。…だが、エラさん。
人間の脳の量子状態を外部から書き換えるには、膨大な演算処理能力とデータグリッドが必要になる」
「ええ、―研究室のスパコン程度では到底足りないわね。もし蒼井が本気でその『因果の書き換え』を社会規模で実行しようとしているなら…」
カタカタカタカタ、タアン―!
その時、比嘉の爆速タイピング音が事務所に響き渡った。
「賢人先輩、出ましたっ!蒼井が研究所のサーバーから密かに外部へ送信していたバックドアの通信先…これ、民間サイトや大学のサーバーじゃありません!」
「どこへ繋がっている、比嘉さん?」
「『警視庁・総合情報管理センター』のメイン基幹システムです…!」
「なっ…警察のメインデータベースですって⁉」
藤堂が思わず立ち上がり、丸テーブルを叩いた。ロングコートの裾が激しく揺れる。
「蒼井の狙いは、神崎博士だけじゃなかった…!警視庁が保有する過去数十年分の『犯罪記録・捜査ログ・個人情報』という巨大な観測データそのものよ!」
「正解です、藤堂さん」
賢人の瞳に、絶対的なロジックの光が宿る。
「彼は警視庁のメインシステムに『量子フィードバック回路』を組み込み、日本全体の『過去の記録(観測データ)』を書き換えようとしている。それが実行されれば、誰がどんな犯罪を犯したのか、誰が誰であったのかという社会の前提(ロジック)そのものが崩壊します。」
「そんなことさせないわ…!」
藤堂が無線機を掴み、鋭い眼光でチームslaboを見渡した。
「全捜査員に緊急招集をかけるわ。目的地は警視庁地下・総合情報管理センター!チームslabo、警察の『記憶』をデバッグしに行くわよ!」
「はいっ…!任せてくださいっ!」
比嘉がノートPCを強く抱え直し、のあが「賢人兄ちゃん、比嘉ちゃん、これ持っていって!」と焼きたてのクッキー袋を握らせる。
チームslaboの本当の決戦が、夜の警視庁地下へと向かって走り出した―。
第4話:暴かれた過去と、蒼井蓮の真実 【完】
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