ガーディアンを突破し、バベルの塔の最深部—未開放エリア『楽園(エデン)』へと踏み込んだチームslaboと大野参事官。
そこに広がっていたのは、満天の星空と、温かな光に包まれた息を呑むほど美しい白い花畑だった。
「ここが…『楽園』…?」
比嘉が思わず声を漏らす。花畑の中央には、何十もの光の繭(カプセル)が浮遊していた。その中には、現実世界で昏睡状態に陥っている被害者たちのアバターが、穏やかな表情で眠りについている。
「みんな…本当に穏やかな顔をしてる…」藤堂が歩み寄ろうとする。
だが、賢人が静かに手を出してせいした。
待ってください、藤堂さん。空間の微小振動(周波数)がおかしい」
賢人が眼鏡のブリッジをスッと押し上げた瞬間、花畑の光が赤黒く変色し、空間全体が強烈な「不協和音」に包まれた。
『ようこそ、世界の終着点へ』
花畑の中心に、鳴海零の本体アバターが姿を現わした。その背後には、巨大な周波数同調装置が不気味な拍動を打っている。
『ここにあるのは、一切の病も、老いも、別れの苦しみもない完璧な世界だ。彼らは自分の意思で、この安らぎを選んだ』
「自分の意思…だと?」大野が太い声で踏み出す。「騙すような真似して閉じ込めておいて、どの口が言いだしやがる!」
鳴海は冷ややかな笑みを浮かべ、手に持ったコントローラーを静かに操作した。
『ならば、君たちにも体感してもらおう。『現実』というバグがいかに虚しいかを』
キィィィィィィン——‼
脳孔を直接刺すような強烈なパルス波が室内を満たした。
「うっ……⁉があぁぁぁっ……‼」
大野が頭を抱えて膝をつく。同時に、藤堂も強烈な激痛に顔を歪めた。
「身体が……熱い……⁉皮膚が焼けるような痛みが…っ!」
「ハプティクス(触覚)のオーバーライド…!」比嘉が顔を蒼白にして叫ぶ。「敵は…『Neurolink-V』の電気刺激出力を上限解除して、脳に直接『全身が焼かれる激痛』の錯覚を送り込んでいますっ!」
「錯覚パルスの過剰注入…!脳が本物の激痛だと錯覚すれば、現実の身体すらショックを起こす!」
賢人も激痛に耐えながら、息を荒くして片膝をつく。
鳴海は冷徹な眼差しで、苦しむ彼らを見下ろした。
『これが君たちの愛する『肉体(現実)』の正体だ。痛み、苦しみ、不条理…。そんなバグだらけの存在を抱えて生きることに、何の意味がある?人間はコードになり、痛みのない世界へ移住すべきんだ』
「…違うわ」
過酷な激痛波形が吹き荒れる中、静かに前に踏み出した存在があった。
エラ・ヴァンスだった。
エラは一切の苦悶も見せず、透明感のある静かな瞳で鳴海を見つめていた。
「えら…さん…⁉」比嘉が叫ぶ。
「鳴海零。あなたの作戦は緻密で、提示する世界は確かに美しい…。けれど、あなたは決定的な勘違いをしているわ」
エラは一歩一歩、静かに鳴海へ近づいていく。
「痛みや悲しみがあるからこそ、人は誰かの優しさに温もりを感じ、互いの存在を尊いと思うことができる…。それを排除した世界は、ただの『静かな死』と同じよ」
『静寂こそが救済だ!妹の葵も……あの激痛の現実から解放されて、今ここで幸せに眠っている!』
鳴海の声に、初めて激しい感情の昂ぶり(乱れ)が混ざった。
「いいえ。彼女が求めていたのは、痛みのない箱庭(コード)ではなく…あなたと現実で笑い合う時間だったはずよ!」
エラは優しく手を伸ばし、鳴海の過剰なハプティクスパルスの周波数を、自らの生体波動で優しく包み込み、中和(キャンセリング)し始めた。
痛みの波が静まり返っていく。
「な…パルス波形が…相殺されている…⁉」鳴海が目を見開く。
「賢人…。あなたのロジックで、彼の歪んだコード(悲しみ)を解き明かしてあげて」
エラが振り返り、賢人に静かな信頼の眼差しを向けた。
正気を保ち直した賢人がゆっくりと立ち上がり、眼鏡の奥で不敵な光を宿した。
「…感謝します、エラさん。…鳴海、君の『N-Zero方程式』のバグ、僕がデバッグしてみせる!」
現実と虚構の挟間で、賢人と鳴海の最後のロジックバトルが始まろうとしていた―!
第4話:崩壊する五感 【完】
