第1話:頑固な参事官と、凍りついた現場

第1話:頑固な参事官と、凍りついた現場

千代田区大手町、超高層ビルの最上階に位置する次世代スマート物流センター。

ガラス張りのオフィス内は、異様な静寂と冷気に包まれていた。自動搬送ロボットやAI管理システムがすべて完全凍結し、中央のコントロールデスクには、同社のCTO(最高技術責任者)が意識を失って倒れ込んでいる。

「被害者の意識障害、およびセンター全体のシステム完全停止…。またしても科学的に説明がつかない事態ね」

現場に到着した藤堂玲香警部が、ダークグレーのロングコートの裾をなびかせながら腰に手を当てた。

その背後には、いつものようにチームslaboの面々が控えている。ノートPCを開いて爆速でキーボードを叩く比嘉瑠菜、静寂の中で周囲の環境データを観察するエラ・ヴァンス、そして冷静に眼鏡のブリッジをスッと押し上げる椎名賢人。

「比嘉さん、メインサーバーのネットワークログと、室内の環境パラメーターを同調してくれ」

「はいっ、賢人先輩!スパコン経由でポート解析、爆速で入りますっ!」

比嘉の指が残像を描こうとした、まさにその時——。

―おい。そこで何をごちゃごちゃやっている

雷鳴のような重厚な声が、凍りついたフロアに響き渡った。

重い足音とともに歩み出てきたのは、白髪交じりの短髪に、使い込まれたダブダブのスーツを纏った中年男性だった。眼光は鋭い刃物のようにギラつき、額には深く刻まれた皺。

警視庁刑事部参事官(警視正)——大野厳造(おおの げんぞう)(55)

叩き上げで泥臭い現場検証を重ね、数々の難事件を解決してきた昭和気質のベテラン刑事だった。

「大野参事官…」

藤堂がわずかに眉をひそめ、前に一歩踏み出す。大野は藤堂を鋭く一瞥すると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「藤堂警部。捜査一課の面汚しが何をやろうと知ったこっちゃないが…現場に『民間人のガキども』を連れ込むのはどういうことだ?」

大野の視線が、比嘉、エラ、そして賢人へと順に注がれる。その瞳にはあからさまな不信感と侮蔑の色が混ざっていた。

「参事官、彼らはチーム   slabo。過去の特殊サイバー事件でも成果を挙げている専門家です」

「専門家ぁ?」

大野は大げさに肩をすくめ、吐き捨てるように言った。

「画面の前でカチカチキーボードを叩いて、知った風な理屈をこね回す『お勉強好きの素人』だろ。現場ってのはな、靴の底を減らして、被害者の無念と犯人の残した泥臭い足跡を拾い集める場所なんだよ。こんな薄っぺらな機械の理屈で事件が解けてたまるか」

「失礼ですね…!賢人先輩のロジックは、いつだって現場の真実を解き明かしてきたんですっ!」

比嘉が思わず抗議の声をあげるが、大野は一歩前に踏み込み、圧倒的な圧迫感で比嘉を見下ろした。

「黙ってろ、お嬢ちゃん。…藤堂、上からの通達だ。これより現場の指揮権は本部に移管する。民間人の現場立ち入りは一切禁止だ。連れて帰れ」

「大野参事官…っ!」藤堂が威厳を込めて睨み返す。

だが、大野はまったく動じず、」ポケットから取り出した禁煙パイポを噛みしめながら、背を向けた。

「現場の足音を無視した絵空事は、自分の事務所でやってな」

凍りつくような空気の中、静かに歩み出たのは賢人だった。

眼鏡の奥の瞳で大野の背中を見つめ、静かな、しかし確信に満ちた声で語りかける。

「大野参事官。靴の底を減らす現場主義を否定するつもりはありません。ですが…」

「あ?」大野が不機嫌そうに振り向く。

「あなたが今踏みつけているその床の微細な振動と、制御パネルの0.01秒単位のクロックエラー…。それを見落としたまま足音だけを頼りに歩けば、犯人の仕掛けた『二重の罠』を踏み抜くことになりますよ」

「若造が…口だけは一丁前だな。俺の長年の勘と足を舐めるなよ」

「勘ではなく、論理(ロジック)です。僕たちがデバッグしてみせましょう。…行きましょう、藤堂さん」

賢人は静かに振り返り、大野に背を向けた。

チームslaboと、警察組織の最高壁である叩き上げ参事官・大野厳造。相容れないふたつの「正義」と「手法」が交錯する、新たな事件の幕が切って落とされた――!

第1話:頑固な参事官と、凍りついた現場 【完】

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作品目次:[『天才サラリーマン椎名賢人の事件簿ーその科学デバッグしますー』全話一覧・目次はこちら➡]

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