「うおおおおおっ…‼」
地下2階、第3排気室へ続く薄暗い通路。
耳を刺す高周波の不快なモスキート音が充満し、空気そのものが強制的に微振動している。並みの人間なら激しい眩暈と嘔吐で立っていられない空間を、大野厳造は歯を食いしばり、猛牛のような足取りで突き進んでいた。
「大野参事官、無理をしないでください!」
背後から追う藤堂玲香警部が、耳を覆いながら叫ぶ。
「黙ってついて来い、藤堂!画面の前で命かけてるあのガキ(賢人)が、俺たちの背中を信じて指示を出してんだ!警察官が現場で逃げてたまるかよ!」
しわくちゃのスーツを汗で濡らし、泥臭く足を前へ踏み出す大野。その執念の背中は、まさに昭和・平成の難事件を足腰だけで潜り抜けてきた『現場の鬼』そのものだった。
その頃、管制室——。
「大野参事官!藤堂さん!あと20メートルで第3排気室セスパネルですっ!」
比嘉瑠菜の叫び声がインカムに響く。指先はすでにキーボードの上で残像とかしていた。
「エラさん、反転パルスの増幅器(アンプ)のセッティングは⁉」
「完了しているわ、比嘉ちゃん。賢人、いつでもいけるわよ」
エラ・ヴァンスが穏やかながらも絶対的な信頼をこめた瞳で賢人を見つめる。
賢人は眼鏡のブリッジをスッと押し上げ、手元のモニターとインカムへ向かって静かに発声した。
「大野参事官、パネルを開けたら内部にある青いダイヤル手動ダンパーを『時計回りに90度』回してください。タイミングは比嘉さんの合図と同時に…0.1秒の誤差も許されません」
『へっ、注文の多い小僧だぜ…!』
インカムから聞こえる大野の荒い息遣いと、笑みを含んだ声。
『おい小僧!俺はな、若い頃から泥にまみれて犯人を追い詰めてきた。お前みたいな天才の頭脳とは程遠い生粋の現場馬鹿だ!…だがな、現場で積み上げられてきた俺の感覚(カン)は、一度だって嘘をついたことはねえ』
ガシャァン!
重い鉄扉が力任せにこじ開けられる音が響いた。
『ダンパーを捕捉したぞ!藤堂、押さえろ!』
『了解です!』
《WARNING:SYSTEM COLLAPSE IN 10 SECONDS》
モニターの赤いカウントダウンが「9…8…7…」と刻まれていく。
「比嘉さん!」賢人の声が飛ぶ。
「はいっ!カウント3で…2…1…今ですっ!ダンパー全開っ‼」
「うおおおおおおお——ッッ‼」
大野の野太い雄叫びとともに、手動ダンパーが力任せに90度旋回した!
瞬間、ダクト内に溜まり込んでいた高周波エネルギーが逆流を開始。エラと比嘉がリアルタイムで生成した「逆位相デジタルパルス」と物理的に衝突し、完璧な干渉波(ノイズキャンセリング)となって敵の潜伏サーバーへと一気に突き抜けた!
バチバチバチッ…ドカンッ‼
制御室のモニター群に表示されていたノイズが一瞬で弾け飛び、青い「NORMAL OPERATION」の文字が画面全体を埋め尽くした。
「やった…!首都圏の運行システム、全ライン正常に復帰しました…‼」
比嘉が両手を挙げて歓声をあげ、その場にへたり込む。
画面の向こうで、汗だくになりながら壁に背をもたせかける大野参事官。
『ハッ…ざまあみろ。俺たちの足音と、小僧の理屈…合わせたら無敵だったろう?』
インカム越しに聞こえる叩き上げ刑事の誇らしげな声に、賢人は不敵で温かい笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「ええ、最高のロジックでした、大野参事官」
交わらないはずだった二つの「正義」が、見事に世界をデバッグしてみせた瞬間だった――。
第5話:泥臭い信念と、最先端ロジックの融合 【完】
次回 [第6話(最終話):解き明かされた真実と、男たちの絆 はこちら➡]

コメント