首都圏交通インフラの崩壊を防ぎ、敵の潜伏サーバーを逆位相パルスで焼き切ってから3日後。
事件を起こしたサイバーテロ組織の実行犯グループは、大野参事官の指揮による捜査一課の徹底的なローラー作戦によって全員逮捕された。
秋晴れの心地よい陽光が差し込む、千代田区の『slabo』事務所。
「賢人兄ちゃん!のあ特製、栗のパウンドケーキが焼き上がったよ~!」
のあが焼きたての甘い香りを漂わせながら、大きな丸皿を丸テーブルにはこんでくる。
「わぁぁぁ…!のあちゃん、栗がごろごろ入ってすっごく美味しそうですっ!」
パソコンの前に座っていた比嘉瑠菜が、目を輝かせて爆速で作業の手を止め、ケーキに飛びついた。
「ふふ、比嘉ちゃん。まずは温かい紅茶と一緒にいただきましょうね」
エラ・ヴァンスが淹れたアッサムティーの気品ある湯気が、カフェスペースを優しく包み込んでいる。
そこへ、重厚な足音とともに事務所の扉が静かに開いた。
コンコン、とノックの音が響く。
そこに立っていたのは、いつものしわくちゃのスーツではなく、ぴしりと手入れされた濃紺のスーツを纏った大野厳造だった。その隣には、笑みを浮かべた藤堂玲香の姿もある。
「大野…参事官?」
比嘉がケーキを口に咥えたまま目を丸くする。
大野は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、少し気まずそうに額の皺を寄せた。
「…おう。現場の後始末と、上層部への報告書出しが全部終わったんでな。一言礼を言いに寄っただけだ」
大野はポケットからガムを取り出すと(長年愛用していた禁煙パイポから替えたようだ)、不器用に一口噛み砕き、賢人の前へと歩み寄った。
「小僧…いや、椎名賢人。俺はな、画面のコードばかり追ってる奴らは一生信用せんと思ってた。だが……お前さんの『超思考』とやらは、ただの計算じゃねえ。現場に生きる人間の足跡と無念を拾い上げるための、本物の情熱だったんだな」
賢人は静かに立ち上がり、いつもの不敵で穏やかな笑みを浮かべた。
そして、寸分の狂いもなく眼鏡のブリッジをスッと押し上げる。
「大野参事官。あなたのように、現場の小さな違和感を足で拾い上げる執念がなければ、僕の数式はただの『絵空事』のままでした。……こちらこそ、最高の現場主義を学ばせていただきました」
大野は呆れたようにフッと笑うと、ゴツゴツとした傷だらけの大きな右手を差し出した。
「ハッ、相変わらず口の減らねえ小僧だ。……だが,悪くねえ。また捜査一課の手が回らんバグ(事件)が出たら、お前さんの鼻持ちならねえロジックを借りに来る」
「ええ。いつでもデバッグして見せます」
賢人は差し出された大野の硬く分厚い手を、しっかりと握り返した。
頑固な叩き上げの刑事と、天才サラリーマンの超思考。二人の間に揺らぐことのない硬い絆が結ばれた瞬間だった。
「さあさあ!参事官さんも一緒にケーキ食べましょう!」
のあが笑顔で皿を差し出し、エラが静かに紅茶を注ぐ。
賑やかな笑い声が弾ける『slabo』の事務所。
どれほど複雑で理不尽なエラーが世界を試そうと、現場の誇りと解き明かすロジックがある限り、解けない謎はない。
椎名賢人とチームslaboの事件簿は、これからも加速しながら続いてく――。
(第3部『絶対正義の不協和音』【完】)
次回 第4部 鋭意執筆中

コメント